第29話:おぢさんになると急に昔のことを思い出す。

仕事の休憩時間に、自動販売機で
飲み物を買おうと何気に見た
小銭入れの中にギザ10を発見した。

「ギザ10」

ギザギザのついた10円玉の略語だ。
久しぶりに見たギザ10に「ラッキー!」
と、なんとなく心が弾んだのだが、
以外と自販機などで使う時に、
反応をしないことが多い。
そんな時は、少しばかりイライラしたりと
「ラッキー」と、心弾んでいたのが
嘘のように、ジットリと沈んだ心になる。

このギザ10、なぜ昔の10円玉に
ギザギザがついていたのか。
気になり調べて見ると、当初、10円玉が
硬貨の中で一番、高価だったことから
他の硬貨と見分けがつきやすい様にと、
側面にギザギザを付けていた。
とのことだった。後に50円玉や
100円玉と、このギザギザの役目は
より値段の高い硬貨へと移っていった。
という話らしい。

ギザ10というと、「普通の10円よりも
価値があるもの」というイメージがある。
実際、昭和33年のギザ10が一番の価値が
あるらしく、一枚100円ぐらいになるそうだ。
確かに10円が100円と10倍の価値と、
非常に大きなものではあるが、元々の価値が低い。
血眼になって昭和33年のギザ10を探す労力を
考えると、他の事に尽力した方が良さそうだ。

だが、私たち、「昭和のおぢさん」世代には
「ギザ10は普通の10円よりも価値が
あるもの」という認識がより研ぎ澄まされ
「ギザ10は高価」という信仰心が
根付いている。この「高価」という価値観が
人を狂わせ、ギザ10の価値を崇高な
ものとし、崇め奉ることになるのだ。

私たち「昭和のおぢさん」が幼少の頃、
ジャンプやマガジンなどといった週刊誌の
裏表紙には、様々な広告が掲載されていた。
ひ弱だった青年が使うだけでムキムキの
マッチョになり、モテモテになるという
健康器具や、ドラゴンボールのように
身体に付ける重り。聴くだけで英語が
ペラペラになるという教材や、試験前に
あふれるように思い出すという、
驚異の記憶術などなどなど。
禍々しくも少年の心を掴んで離さない
甘美な広告が多数掲載されており、
幾度となく、小学生だったおぢさんの
お年玉やお小遣いは、その禍々しい
商品の餌食となり、消えて行った。
そのような広告の一つに「古銭高価買取」
といったものもあった。

当時、小学生のおぢさんは「ギザ10は高価」
という信仰を信じて止まなかった。
「ギザ10をたくさん集めて、大儲け」
そのような幻想を信じて止まない小学生の
おぢさんは、ギザ10特別な貯金箱に
貯めることにした。そして、ある程度
貯まったところで実行に移すのである。

週刊誌の裏表紙に乗っている
「古銭高価買取」の店舗に電話をかける
小学生のおぢさん。見知らぬ市外局番に
ドキドキしながら電話をする。
小学生のおぢさんは、大胆さと精細さで
震えるハートが燃え尽きるほどヒート
していたことを今でも覚えている。

電話の向こうでは、けげんそうな対応をする
お店の人。声も小さく聞き取りにくい。

「あのぉ。。えっとぉ。。」

けげんな大人に対し、泣きそうになる。
まぁ確かに、子どもがいきなり
よく分らない電話をかけてきたら、
単なる冷やかしと思い、そのような
対応になるのも分からなくはない。

お店の人の聞き取りにくい声を
何とか聞き取ったところ、
「ギザ10、一個20円、送料別途」
という回答であった。
確かに、普通の10円よりは価値がある。
しかし、送料別途となると話が変わる。
明らかなマイナスである。

「年数とかでも価値は違うだろ。」
今であれば、ブチギレながら、
理路整然にディペートに挑むところだが、
当時は小学生のおぢさん。相手は大人。
「はい。わかりました。」と静かに
受話器を置く。小学生のおぢさんには
いささか辛い体験ではあったが、
おかげで「ギザ10は高価」という、
信仰からのマインドコントロールは解けた。
集めていたギザ10は、特別な貯金箱から
他の硬貨と一緒の貯金箱に格下げとなり、
駄菓子屋などで普通に使われることとなった。

当時はコンプライアンスなど皆無と
言っても良いくらい、おおらかな時代であった。
駄菓子屋にはビックリマンチョコのシールや
ガンプラ、ミニ四駆の偽物が多数あったり、
当時のファミコンディスクシステムの
裏書き換え装置、先ほども書かせて頂いたが、
週刊誌の裏表紙には子どもたちが、いかにも
気を引く禍々しい広告たち。当時はバブル期。
大人たちは景気が良い時代だったはず。
しかしながら、子どもたちのお小遣いや
お年玉は大人たちの餌食となって行った
時代でもある。わざわざ、子どもの
ジャリ銭を狙わなくてもと憤る訳だが、
「団塊ジュニア世代」である、小学生だった
おぢさんたちには、それなりのマーケットが
存在していたのであろう。

懐かしい記憶を、小銭入れの中に
入っていたギザ10を見て思い出す。
淡い思い出をかみしめるとともに、
「高価な硬貨の効果」と韻を踏み、
ニヤけながら、自販機に投入する。

ギザ10は、相変わらず自販機に
反応をせず、今も昔も少しだけ
私をイラッとさせるのである。

(2023.03.02:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。