第31話:明日やろうはバカやろうおぢさんは、いつまで経っても学ばない。

「明日やろうはバカやろう」

今日という日は今日しか来ない。
お前は、今日という日を全力で
生きたのか。今日という日を全力で
生きていないお前が明日、今日の
お前を超えられていると思うのか?

自堕落した自分に対し、
意識高い系の自分が問いかける。

それに対して、自堕落した
自分からの返答がこれだ。

「うっせ」

そもそも、明日出来ることを明日
行うことの何が悪いのかが解らない。
今日やらなければならないことを、
今日、精一杯やったうえでの明日だ。
明日出来ることを明日やることと、
今日を全力で生きるということは
イコールではない。
今日という日を全力で生きた結果の
明日だ。その辺りを混在し、論点を
ずらした誹判は納得しかねる。

そんな、どうでもよい自分の中で
行われた「おぢさん会議」の結果、
自堕落したおぢさんの意見が
承認された。

そんなこんなで、おぢさんの
「明日出来ることは、明日の俺よろしく」
という日々が続く訳である。

今や、パソコンは弊社だけではなく、
どこの企業にも欠かせないもの。
弊社のパソコンは古いOSの
ものなのだが、仕事上の機器が、
その古めのOSでなければ
起動しないため、騙しだまし
使っている。弊社だけではなく、
そのような零細企業がまだ多く
あるという事を以前にニュースで
見たことがある。

何よりも重要なのは、パソコン内の
データである。弊社パソコンは
そんな事情も相まっているので、
重要なデータは心配なため、
安全を期するために外付けHDDに
入れていた。

年末ぐらいから、外付けHDDの
起動する音が激しめになっていた。
「あー。そろそろ寿命かなー。」
そうは思いつつも、容量が
まだ半分ぐらいしか使っていないし、
まぁ、いいか。そのうちデータを
パックアップしよう。そう思っていた。

最近、パソコンの調子すぐれない。
そう思っている矢先に、モニター画面が
真っ暗になったまま、機動しなくなった。

「うわー。マジかよ。」

とりあえず、パソコンショップに
持って行き、修理の依頼をする。
その間、仕事もままならない。
出費と時間が痛い。
しかし、確かに痛手ではあったが
こちとら、酸いも甘いも経験してきた
おぢさんだ。多少プンスカは、
するものの、そんなことでは慌てない。
まだまだ余裕である。

この時はまだ。

パソコンが帰ってきた。
よし、今日からまた、一生懸命働こう。

「頑張れ私。今日も可愛い。」

そう自分を励まし、日常の業務に
当たるはずであった。

仕事上の大切なデータが入った
外付けのHDDを接続し、パソコンを
起動する。すると画面上には
「このハードウェアを
フォーマットしますか?」
的な文言が出る。

へ?

フォーマットするってことは
中のデータ、無くなっちゃうよね?
ダメじゃん。

文言も、ろくに読んでいなかったため、
何気なく「はい」を押しそうになるものの、
すんでのところで、回避する。

いやいや。 へ?マジで?
全身の毛穴という毛穴から、
変な汗が噴き出す。
今度は冷静では、いられない。

機器であれば、代替がきく。
なので、そうそうは慌てないが、
データとなれば別だ。
新たに作り直せば良いものもあるが、
作り直せないものもある。
それこそ、見積もりやら、売上やら、
顧客データやら。どうすんの?って話だ。
手のひらのビチョビチョが止まらない。

おぢさんが幼少の頃に、
ファミリーコンピューターが登場した。
言わば、家庭用ゲーム機が本格的に
普及し始めた時代であり、ゲーム機と
共に成長し、歴史を歩んできた世代である。

中でも、ドラゴンクエストは思い出が深く、
特に「ロトシリーズ」と呼ばれるⅠ、Ⅱ、Ⅲは
ガッツリやっていた。Ⅰで初めて、RPGと
いうものを経験し、Ⅱでは50文字を超える
復活の呪文に泣かされてきた。そして、
Ⅲで初めてのバッテリーバックアップによる
「冒険の書」にセーブするという
システムになった。

当時はまだ技術が発展途上の時代。
接触不良などで、すぐにデータが消失する。
リセットボタンを押しながら電源をOFFに
するという儀式が必要なほど、このセーブ
をするという行為は、赤子のやわ肌を扱う
かの如く、もっとも慎重に気を使わなければ
ならない作業であった。プレー中に、
おかあさんが掃除機で、ファミコンを
「コツン!」なんてやった日には、
不気味な呪いの音楽とともに、
【おきのどくですが ぼうけんのしょ1は
 きえてしまいました】と表示される。
私たち世代のおぢさんはトラウマとして
深く心に刻まれている訳である。

あれから、40以上の月日が経つ。
そんな幼少期のトラウマが一気に
噴き出し始めた。

バラモス戦の前にセーブした冒険の書が
【おきのどくですが ぼうけんのしょ1は
 きえてしまいました】となり、絶望を
味わったトラウマが。

なぜ、あの時、冒険書2か3に、
バックアップをしていなかったのか。

あれから40以上が経つというのに、
なぜ、いまだに愚かな過ちを
繰り返すのか。

「明日やろうはバカやろう」

すみません。今日という日を
全力で生きていませんでした。
ごめんなさい。
明日から粉骨砕身の覚悟で
生き抜く所存でございます。

自堕落したおぢさんは
意識高い系のおぢさんに謝罪をする。

この期に及んで、まだ後回しを
しようとするのかと、意識高い系の
自分はじっとりとした眼で、
自堕落したおぢさんのことを
見下すのである。

(2023.04.21:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。

第30話:おぢさんだから、少し肩書きにこだわってみようと思う。

私はあまり役職というものに興味がない。
何故ならば、私も一応経営者をさせて
頂いているが、年商何億と言われる
大会社であろうが、私のように吹けば
飛ぶような、毎月、お金の心配をしながら
泥水をすすっている人間も同じ「社長」
というカテゴリーに入る。つまり、
私のようなウンコみたいな社長よりも、
大企業の課長の方が、ステキだからだ。

私の中では「肩書き」と「役職」は
チョット違う。私の中での「役職」
とは、あくまで「仕事上の役」
という意味でとらえており、
「肩書き」というのは簡単に言うと
「あだ名」に近いかもしれない。
まぁ、厳密に言えば違うのかも
しれないが、「役職」が企業の
ポジションを表すものだとしたら、
「ハイパーメディアクリエーター」
など、自分の個性やスキルを前面に
押し出した、自由度の高い名前を
つけられるのが「肩書き」なのでは
なかろうか。

あだ名上の「社長」とか「部長」と
いう方もいらっしゃるので、その辺りを
混同してしまいそうだし、良く調べて
見ると「このおぢさんは、何を言って
いるんだ?」となるかもしれないので、
あくまで私の主観として捉えて
いただけると幸いである。

とはいえ、人という生き物は、
とかく肩書きにこだわりがちである。
とくに、私たち、おぢさん世代から
上の世代は、それが顕著かもしれない。
なぜならば、おぢさん世代には
自己顕示欲の強い方が比較的多い。
御多分に洩れず、おぢさんも
自己顕示欲が強く、また、
承認欲求モンスターでもあるので
もしかしたら、肩書きには、
チョットこだわるのかもしれない。

先ほども書かせて頂いたが、
私の中では「肩書き≒あだ名」
という感覚なので「その人物を
表すもの」つまり、「キャッチ
フレーズ」と一緒かもしれない。

テレビを見ていると何かと
キャッチフレーズが目につく。
特にスポーツの世界では顕著だ。
プレーに対して、キャッチフレーズ
というものは全く必要ではないが、
あれば、なんとなく感情移入が
しやすくなり、親しみがもてる。
一時期、有吉弘行氏があだ名で
ブレイクしたのも短いフレーズで
その人物を分かりやすく表現していた
ことが広く受け入れられたからであろう。

昔から私も自分にキャッチフレーズを
付けている。そうすることで、
自己紹介や自分はどんな人間であるかを
解りやすく説明ができるという
メリットがあるからだ。

そんな私が自分に付けたキャッチフレーズは
「常識ある野蛮人」というものである。

野蛮人とは、粗野で教養がない人。
不作法で粗暴な人。という意味だ。
しかしながら、私は幼少の頃から「武道」を
ならい、ゴリゴリの体育会系で育ったため
粗暴で教養がない訳ではない。むしろ、
他者を慮る日本のこころを持ち合わせた
「パカラー」である。しかし、見た目の
風体と、自分に納得のいかないもの
に対しては自分の意思を曲げないという、
病に近い、面倒臭いおぢさんであるが故、
どうしても振り払えない「野蛮」という
アクセントが付きまとう。という点から
そのようなキャッチフレーズを使っていた。

30代頃から使い始めていた、「常識ある
野蛮人」というキャッチフレーズ。
10年ぐらいが経ち、おぢさんも
いよいよ50代に片足を突っ込み
始めると、その言葉に違和感が出始める。
なぜなら、年を重ねることにより、
ライフスタイルも変わりつつある。
あまり、老いのせいにはしたくないが、
今まで出来たことが出来なくなったり、
興味があったものが無くなったり。
そして何より、こらえ症というか、
バイアリティーが無くなりつつある。
10年前であれば、「明日やろうは
馬鹿ヤロウ」と目の前のことを
一生懸命にこなしていたのだが、
最近では、「明日のことは明日の
私に任せよう」と逃げグセが
ついてしまい、翌日になると
「昨日の俺、マジふざけんな」と
憤慨する毎日となっている。

人は一度、逃げグセがつくと
なかなか直らない。
自分の中で消化出来ていれば
問題ないのだろうが、他人様に
迷惑を掛け始めては、それは
もはや「クズ」である。

そんな自分のクズさ加減に
しばらく憤りを感じていたのだが、
先日、動画にて相席スタートの
山添寛氏が「クズ紳士」という
キャッチフレーズで呼ばれていて
ハッとした。

私は特段、女遊びをする訳でもなく、
不義理をする訳でもなく、どちらかと
いうと面倒見の良い方。「クズ」と言う
ほど、お金にだらしがない訳でもない。
ただただ、自分にだらしがないだけなのだ。

「クズ紳士」というキャッチフレーズが
もしかしたら今の自分にピッタリなのかも
しれない。しかしながら、他人のモノを
そのまま使うというのも、はばかられる。

なんだかんだ、私は自分が大好きおぢさん。
私の良いところ、悪いところ。この陰と
陽によって、私という、おぢさんは
形成されている。おぢさんにおける
「短所」も言わば個性であり、大好きな
私の一部なのだ。

おぢさんは自分の中にある「クズ」を
愛おしく抱きしめ、いつか「クズ紳士」
を超えるキャッチフレーズを自分に
プレゼントしてあげたいと思う。

(2023.03.24:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。

第29話:おぢさんになると急に昔のことを思い出す。

仕事の休憩時間に、自動販売機で
飲み物を買おうと何気に見た
小銭入れの中にギザ10を発見した。

「ギザ10」

ギザギザのついた10円玉の略語だ。
久しぶりに見たギザ10に「ラッキー!」
と、なんとなく心が弾んだのだが、
以外と自販機などで使う時に、
反応をしないことが多い。
そんな時は、少しばかりイライラしたりと
「ラッキー」と、心弾んでいたのが
嘘のように、ジットリと沈んだ心になる。

このギザ10、なぜ昔の10円玉に
ギザギザがついていたのか。
気になり調べて見ると、当初、10円玉が
硬貨の中で一番、高価だったことから
他の硬貨と見分けがつきやすい様にと、
側面にギザギザを付けていた。
とのことだった。後に50円玉や
100円玉と、このギザギザの役目は
より値段の高い硬貨へと移っていった。
という話らしい。

ギザ10というと、「普通の10円よりも
価値があるもの」というイメージがある。
実際、昭和33年のギザ10が一番の価値が
あるらしく、一枚100円ぐらいになるそうだ。
確かに10円が100円と10倍の価値と、
非常に大きなものではあるが、元々の価値が低い。
血眼になって昭和33年のギザ10を探す労力を
考えると、他の事に尽力した方が良さそうだ。

だが、私たち、「昭和のおぢさん」世代には
「ギザ10は普通の10円よりも価値が
あるもの」という認識がより研ぎ澄まされ
「ギザ10は高価」という信仰心が
根付いている。この「高価」という価値観が
人を狂わせ、ギザ10の価値を崇高な
ものとし、崇め奉ることになるのだ。

私たち「昭和のおぢさん」が幼少の頃、
ジャンプやマガジンなどといった週刊誌の
裏表紙には、様々な広告が掲載されていた。
ひ弱だった青年が使うだけでムキムキの
マッチョになり、モテモテになるという
健康器具や、ドラゴンボールのように
身体に付ける重り。聴くだけで英語が
ペラペラになるという教材や、試験前に
あふれるように思い出すという、
驚異の記憶術などなどなど。
禍々しくも少年の心を掴んで離さない
甘美な広告が多数掲載されており、
幾度となく、小学生だったおぢさんの
お年玉やお小遣いは、その禍々しい
商品の餌食となり、消えて行った。
そのような広告の一つに「古銭高価買取」
といったものもあった。

当時、小学生のおぢさんは「ギザ10は高価」
という信仰を信じて止まなかった。
「ギザ10をたくさん集めて、大儲け」
そのような幻想を信じて止まない小学生の
おぢさんは、ギザ10特別な貯金箱に
貯めることにした。そして、ある程度
貯まったところで実行に移すのである。

週刊誌の裏表紙に乗っている
「古銭高価買取」の店舗に電話をかける
小学生のおぢさん。見知らぬ市外局番に
ドキドキしながら電話をする。
小学生のおぢさんは、大胆さと精細さで
震えるハートが燃え尽きるほどヒート
していたことを今でも覚えている。

電話の向こうでは、けげんそうな対応をする
お店の人。声も小さく聞き取りにくい。

「あのぉ。。えっとぉ。。」

けげんな大人に対し、泣きそうになる。
まぁ確かに、子どもがいきなり
よく分らない電話をかけてきたら、
単なる冷やかしと思い、そのような
対応になるのも分からなくはない。

お店の人の聞き取りにくい声を
何とか聞き取ったところ、
「ギザ10、一個20円、送料別途」
という回答であった。
確かに、普通の10円よりは価値がある。
しかし、送料別途となると話が変わる。
明らかなマイナスである。

「年数とかでも価値は違うだろ。」
今であれば、ブチギレながら、
理路整然にディペートに挑むところだが、
当時は小学生のおぢさん。相手は大人。
「はい。わかりました。」と静かに
受話器を置く。小学生のおぢさんには
いささか辛い体験ではあったが、
おかげで「ギザ10は高価」という、
信仰からのマインドコントロールは解けた。
集めていたギザ10は、特別な貯金箱から
他の硬貨と一緒の貯金箱に格下げとなり、
駄菓子屋などで普通に使われることとなった。

当時はコンプライアンスなど皆無と
言っても良いくらい、おおらかな時代であった。
駄菓子屋にはビックリマンチョコのシールや
ガンプラ、ミニ四駆の偽物が多数あったり、
当時のファミコンディスクシステムの
裏書き換え装置、先ほども書かせて頂いたが、
週刊誌の裏表紙には子どもたちが、いかにも
気を引く禍々しい広告たち。当時はバブル期。
大人たちは景気が良い時代だったはず。
しかしながら、子どもたちのお小遣いや
お年玉は大人たちの餌食となって行った
時代でもある。わざわざ、子どもの
ジャリ銭を狙わなくてもと憤る訳だが、
「団塊ジュニア世代」である、小学生だった
おぢさんたちには、それなりのマーケットが
存在していたのであろう。

懐かしい記憶を、小銭入れの中に
入っていたギザ10を見て思い出す。
淡い思い出をかみしめるとともに、
「高価な硬貨の効果」と韻を踏み、
ニヤけながら、自販機に投入する。

ギザ10は、相変わらず自販機に
反応をせず、今も昔も少しだけ
私をイラッとさせるのである。

(2023.03.02:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。

第28話:どうやらおぢさんは今年、年男だったらしい。

どうやら、年男らしい。私。
「これは、今年こそ飛躍の年に
せにゃならんなー」と思ったのだが、
あれ?ちょっと待て。はたして年男とは
そのような意味で合っているのか?と。
そもそも12年の周期で年男になる訳で、
そう考えると、「年男だが厄年」という
年もある訳で。12年に一度という、
ある意味区切りということもあり、
年男には「リスタートで飛躍の年!」
のようなイメージを勝手に描いていた
訳なのだが、別にそれだけであれば

年男関係無くね?
思い立ったが吉日なんじゃね?

と、今回4回目の年男となるおぢさんは
思う訳である。年男について様々な文献を
あさってみると、色々と説明はあるものの、
要約すると、結局は12年に一度の当たり年
なので、縁起が良いとも、厄年と重なる年が
あるから、あまりよろしくないとも言われている。
これは、ますます「どっちやねん!」と
突っ込まずにはいられない。確かに、年男は
12年に一度なので、社会的な地位、役割など、
色々なライフステージも変化していくのであろう。
そういう意味では、困難にぶつかることの多い
注意すべき年かもしれないと無理やり納得を
しようとはしてみたものの、「そんなん言うたら、
別に10年周期も同じだし、ますます年男
関係無くね?」と私の内なる「めんどくさおぢさん」
に論破されてしまう。とはいうても、年男は、
節分の神事で鬼を追い払う、豆まき担当であったり、
年始を祝う歳旦祭(さいたんさい)の初太鼓を
鳴らす人は年男から選ぶという神社もあるようだ。
つまり、重要な神事で、他の人より年男は、
他の十二支より多く年神様の力をもらえる年となる。
ゆえに縁起のよい当たり年とされているのであろう。
当たり年なので、何か不吉なことも起こりやすい
という人もいるとのことで、まさに、年男とは
ハイリスク、ハイリターンの年なのだ。

しかしながら、こっちとらビビりのおぢさん。
多少のリスク、リターンは好むものの、
ハイリスク、ハイリターンとなると好まない。
二の足を踏む。心が落ち着かない。まるで、
ジョジョの奇妙な冒険、第四部に出てくる
吉良吉影のように、できることならば、
静かに暮らしたいと願う小心者のおぢさんなのだ。
たしかに、人生にハリを与える「面白さ」
というものはイレギュラーから生まれる。
想定されたものよりも想定外のことが起きることで
人生の豊かさというものは形成されていくのであろう。
ただ。私の求める「想定外」というものは、
あくまで「対応可能な多少の想定外」なものなのだ。
まぁ、私の人生、「対応可能な多少の想定外」と
いっても、リミットギリギリの想定外ばかりで、
「もう、こうなったら楽しむしかないやん」と
半ば諦めに近い、腹のくくり方をする場合が多いが、
対応可能なことは確かだ。しかし、ハイリスク、
ハイリターンとなると、小心者のおぢさんイメージ
では、対応不可能なイメージとなる。
例えるならば、ドラゴンボールの孫悟空が
ナメック星に向うときに、時には、やりすぎで、
危うく死の淵をさまようこともあるが、重力の
重さを少しずつ上げながら修業に励むことで、
いつしか限界を超え、スーパーサイヤ人になっていた
というのが理想であり、いきなり死の淵をさまよう
のは、まっぴらごめんだ。ということだ。

まぁ、なんだかんだ、駄文を書きなぐってきたが、
うさぎ年の今年、うさぎのイメージから、
大きくジャンプ、飛躍するというイメージでもあるし、
やる気をアピールする絶好の機会であることは確かだ。
年男の恩恵を受けるためにも、今年の抱負というものを
掲げるのは大切であろう。

昨年はやりたいことをとことんやった年であり、
まさに色々なことにチャレンジした年であった。
今年はその色々なチャレンジしたものを一つずつ
精査し、次のステップへと進む年とする、言わば
広げた風呂敷をたたむ作業をする年にしようかなー
と考えていたが、先日友人と、そのような会話を
していた際に「いや、あなたは結局、やりたいことが
次々と出てくるから無理だよ。」と言われてしまい、
たしかに、今年もやりたいことをやりながら
突っ走るのかなぁと納得しつつ、そうなると、
年男のおぢさんにとって、今年の抱負というか
スローガンはプロレスラー中邑真輔選手の言葉を
借りると、「過去と戦って何が悪い。昔を超えようと
して何が悪い。未来は俺が作る。生きたいように生きる。
なりたい自分になる。それがプロレスラーだろ。以上!」
という言葉が思い浮かんだのだが、いやいや、あなた、
そんなん毎年ですやん!と終始、頭の中でリトルおぢさんが
ツッコミをループする訳である。

まぁ、結局、何が言いたかったかというと、
うさぎは寂しいと死んでしまうという諸説があるので
うさぎ年のおぢさんが孤独死をしないように、
今年も程良い距離でタワタワして行きたいと思うとともに、
皆様にもご配慮いただきながら、何かしら私のようなおじさん
のことを気にかけていただけると幸いである。

(2023.01.18:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。

第27話:違いのわかるおぢさんになるには確認を怠らないことが重要と気づく

とりあえず生で。

懇親会や会食などで、お酒を飲む機会が
ある時には、口にした方も多いであろう
鉄板のフレーズ。

ビール好きの方は「ビールに失礼」と
思われる方もいるかとは思うが、
これは、「何でも良いから、とりあえず生で」
と言う決してビールを軽んじた意味ではなく
「数ある好みはあるけれど、乾杯までの
流れをスムーズにするために一先ずは、
ビールを頼もう。」という、他を慮る
美しき日本のこころなのだと解釈している。
なので「お酒を飲めないからお茶で。」
という方以外で「私はカシスオレンジ」
みたいな1人だけ飲みたいものを頼む
他を慮らないスタイルの方には
私の中のダークネスおぢさんが現れ
「こいつは他を慮らないヤツ。」
というレッテルを貼り付けてしまう。

そんな習慣が身に付いているからなのかは
解らないが、私ぐらいのおぢさんになると
「生」という言葉に異常に反応を示し、
ある種の興奮を抱くのである。

先日、奥さんにお使いを頼まれ、
仕事帰りにスーパーへ買い物に出かけた。
玉子、牛乳、お肉、野菜。奥さんからの
指示されたものを買い物かごに入れていく。
その日の買いものリストの項目には、
「わさび」と書かれた項目あり、私は
奥さんからのミッションを、コンプリート
するため、わさびのある陳列棚に向かう。

ちなみに、庶民派である私の舌は
高級なお店に出てくる、一本のわさびを
サメの皮が貼られたおろし器で擦って
食べるような食べ方をする本格的な
わさびはあまり口に合わない。
なぜなら、確かに香りは良く、
鼻にツンとはするのだが、口に入れると
辛くは感じないからだ。
刺身を食べる時に醤油にわさびを
溶かして食べるような庶民派のおぢさん
には、安いわさびが良く似合うのだ。

話を戻す。
陳列棚には様々なメーカーのわさびが並ぶ。
さてさて、美味しそうなわさびはどれだと
わさびを眺める私はある違和感に気づく。

ちょっと待て。
わさびには「本わさび」と「生わさび」
と表記されたものがあるが違いは何?
どっちが何?となる。融通が聞かない
頭の固いおぢさんは、わさびの陳列棚で
プチパニックとなる。どっちだ。
私が奥さんからのミッションとして購入を
指示されたわさびは、一体どっちなのだ。
本わさびと生わさび、どっちを買うべきか。
この二択を間違ってしまった場合、
奥さんからは「使えない男」という
レッテルを貼られてしまう。
もしかしたら、折檻されるかもしれない。
私の足は恐怖で震える。

そんな時は「報連相」だ。

報連相とは、コミュニケーションに重要な
「報告」「連絡」「相談」の3つをまとめた
ビジネス用語だ。ビジネスの基本的な
コミュニケーションであり、迅速かつ
的確に行わなければならない。

迷った時は基本に立ち返るべきだ。
とりあえず奥さんに電話をかける。
あなたの所望するわさびは本わさびと生わさび
どっちなんだと。私は違いを分かっていない。
案の定、奥さんも違いを分かっていない。
どっちだと。どっちを購入すれば良いのだと。
私の質問に対して奥さんが導き出した回答は

美味しい方。

って、いや知らん。違いが分らんのに、
どっちが美味しいのかなんて知らん。
とりあえず、わさび購入に関する決定権は
私にあるらしい。そうなると話は冒頭に戻る。

そう、私は「生」という言葉に異常に反応を
示し、ある種の興奮を抱くのである。

そうなると「生わさび」一択だ。
生わさびを購入し帰宅をするのだが、
一度気になったものを解決しないと
こころのモヤモヤが晴れずに気持ちが悪い。

本わさびと生わさびの違いはなんだ。

結論からいうと、本わさびと生わさびの違いは、
本わさびは日本原産のわさび、生わさびは
本わさびと西洋わさびのミックス品で原材料と
なるわさびの種類が異なるそうなのだ。
どちらが辛いかと言うと、西洋わさびの
入っている生わさびの方が辛味は強いらしい。

「生」という言葉に本能的に反応した
おぢさんは、奇跡的にも好みの味を導き出した。

しかし説明文には、まだ続きがあった。
生わさびにも、また分類があるらしく、
「本わさび入り」と書かれているものは、
本わさびの使用率が50%未満。
「本わさび使用」と書かれているものは、
本わさびの使用率が50%以上とのことで、
西洋わさびの多い方が辛いということなのだ。

では、私の買った生わさびは50%以上か否か。
冷蔵庫に駆け寄り確認をする。
結果は「本わさび使用」と書かれた50%以上。

辛味の強いものが好みの私。
本来であれば「本わさび入り」と
書かれたものを買うべきであった。

いつもだ。いつもそうだ。
私はいつも大切なところで二択を失敗する。

迷った時こそ基本に忠実でなければならない。
なぜ、迷った時にすぐ調べなかったのか。
しかし、起こってしまったことは仕方がない。
「本わさびが多い方が香りも良いよね。」
とポジティブに捉えることにした。

ちなみに、本わさびも日本原産の品種で
あれば、中国やベトナム産でも本わさびを
乗ることができるそうだ。

世知辛い世の中を生き抜くためには、
常に気構え、確認を怠らないことが
必要のようだ。

(2022.11.11:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。

第26話:世に名を残したレジェンド達は皆、同じような言葉を語る。

男子たるもの、歴史上の人物に少なからず
憧れたりする。それはゲームであったり、
漫画であったり、幕末の志士や戦国武将は
都度キャラクター化され、私たちは過去の
偉人たちをヒーローと同じような扱いとして
触れる機会が多いからなのかもしれない。

10月27日は明治維新の精神的指導者
といっても過言ではない吉田松陰の
命日なんだそうだ。吉田松陰といえば、
歴史の授業や、時代劇などで見る機会も
多い幕末のレジェンドの一人であろう。
彼に触れる媒体を目にすることで得た
私のイメージは、松下村塾を開いた
聖人君子。という感じであったのだが、
何気に気になり調べてみると、相当な
勢いでヤベー人間だったようだ。
たとえば、21歳の時、親友と東北旅行を
計画を際、通行手形がなかなかもらえず、
友と約束していた旅行日に間にあわない。
そこで、しょうがないので死罪覚悟で
脱藩をする。という、まぁ、もしも私が
その親友だったら正直、ドン引きな行動を
とるのだ。その他にも、黒船が来航した際、
「外国留学するチャンス!」と捉えて、
勝手に黒船に乗り込み、密航させてもらおう
として盗んだ小舟でアメリカ艦隊に横づけし、
黒船のデッキに乗り込むはいいが、
当然のごとく追い返される。という、
完全にこんなん、マンガの世界ですやん。
とツッコミたくなるような行動を真剣に
行うのである。その後、吉田松陰は牢獄に
入れられることになるのだが、その時の
気持ちを一句詠んでいる。

「かくすれば かくなるものと知りながら
 やむにやまれぬ大和魂」

このようなことをすれば、こうなることは
わかっていた。しかし、それでも私を
行動に踏み切らせたのは、日本を想う心に
他ならないのだ。という意味らしい。
時代背景が現代と違うとはいえ、
現在で例えるなら、犯罪を犯した人間が
受刑中に作曲した歌を歌う。という、
ネットニュースで目にしたとしたら、
この人は、そういう心の病気なんだなー
という感想が出てしまう。ちなみに
吉田松陰は、生涯で何回も牢獄に
入れられており、最終的には前科5犯
だったそうだ。まぁ、この後に、
仮釈放になり、謹慎中に家で近所の人を
相手に講義を始めたのが、松下村塾らしい。
この松下村塾からは高杉晋作や、
初代内閣総理大臣伊藤博文など、
そうそうたる面々が育ったということを
考えるのと、それぐらいの気概がないと
当時の日本を変える礎なることは
できなかったのであろう。


今の時代ではチープに見えることも
当時の人たちからすれば、真面目も
大真面目。命を削りながら己の志のために
行動していたのであろう。
吉田松陰。最終的には、聞かれてもいない
老中暗殺計画を「あれ、俺がやったんぜ。」
と自ら暴露して、安政の大獄において
刑死者となってしまう。吉田松陰が
無くなった年齢は29歳。肖像画などから
おぢさんと同じぐらいの年齢だったのかな
と思ったのだが、以外と若かった。
彼の意志を継いだ弟子たちが力を尽くし、
松蔭の死後8年後、日本は明治という
新しい時代を迎える。次の世代に向けて
吉田松陰はこんな言葉を残している。

「諸君、狂いたまえ。」

現状に満足せず、常識という壁を
いつも自らの行動で壊してきた
レジェンドの言葉に、50歳手前の
おぢさんは何か心に刺さるものがある訳で。

Apple創立者のひとりである、
スティーブ・ジョブズも次世代の若者たちに
語った言葉で、

「Stay hungry,
stay foolish.」

ハングリーであれ、愚かであれ。と
語っている。また、先日亡くなられた
アントニオ猪木会長も同じように

「馬鹿になれ。とことん馬鹿になれ。
恥をかけ。とことん恥をかけ。
かいてかいて恥かいて
裸になったら見えてくる。
本当の自分が見えてくる。
本当の自分も笑ってた。
それくらい馬鹿になれ。」

というポエムを残している。
ニュアンス、やり方、時代は違えど、
世に名を残す人たちは、同じような
マインドであり、語る言葉も同じような
思想であるのだなと学ぶことができた。
今のご時世というか、時代が違うので
犯罪を犯す程に、愚かに狂うことは
難しいし、できないことである。
しかしながら、世の中に許される範囲で、
また、自分の限界を超えるという意味で
狂うことは可能であろう。
平穏の生活の中にイノベーションは訪れない。
どこか常軌を逸することで、良いアイデアと
面白さを伴うイノベーションが起きる。

発想では、すでに軽犯罪を犯しているような
アイデアを持ち合わせた頭のいかれた
おぢさんではあるが、時代の流れを
加味しつつ、人様にご迷惑をおかけしない
程度の狂気は出して行きたい。
そんな、僅かな狂気では吉田松陰のような
変革を起こすことはできないであろうし、
影響力も少ないだろう。

もし、狂気の出し方を間違えて人様に
ご迷惑を掛けてしまうことがあったと
したならば、おぢさんは吉田松陰の
言葉を借りてこう言いたい。

こうなることはわかっていたが
それでも私を行動に踏み切らせたのは
日本を想う心に他ならないのだ。と。

(2022.11.04:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。

第25話:新潟に住まうおぢさんはオレンジリボンたすきリレーを今年も行うらしい

私の行っている活動として
「無限の可能性を想像して創造する」
というコンセプトで作った可創研こと
可能性創造研究所。また、「新潟を
創るのは俺たちだ!」と仲間で集まり
様々なことに挑戦するクリエイター集団
ニイガタ工務店。とまぁ、色々と
やらせていただいているが、友人と
作った団体で、私が現在活動している
にいがた元気プロジェクトという団体が
ある。どのような団体かと言うと、
新潟を元気にして行こうぜ!という
活動はもちろんだが、県外、もっというと、
他国からみて、新潟でなんか面白いこと
やってるみたいよ?とか、最近の新潟って
すごくない?新潟の人って、うらやましい!
私も新潟に行きたい!新潟に住みたい!と
思ってもらえるような発信、活動をして
行こうぜ!という団体だ。

もともとは新潟青年会議所で一緒に幹事と
いう役職をやり、かれこれ10年間、
何気に、気がつけば一緒にいる友人と話を
している際に、「新潟のために活動するのも
大事だけど、外から見られた時に、
いーなー面白そうだなーって思ってもらえる
活動、まちづくりをしたいよね。」みたいな
会話で意気投合、「いーじゃん、面白そう!」
と作ったのが、成り立ちだったように
記憶している。新潟青年会議所に在籍させて
頂いた時に事業のやり方、考え方をミッチリ
学ばせて頂いた。その経験を踏まえて、逆に
新潟青年会議所在籍時代ではできなかった
ユルさとフレキシブルさでやってみよう。
「想ったことをできる範囲ですぐ行動」
という、なんともユルユルな会なのだが、
それでも毎年、キャリア教育の一環として
各学校に出向き仕事の意義や働くことの
意義を伝える職業講話。その他にも
SDGsの活動や地域のイベントなど、
ユルユルな割には、しっかりとした
真面目な活動を行っている。

そんなユルユルな、にいがた元気
プロジェクトが行っている活動の
一つに、オレンジリボンたすきリレー
という事業がある。この事業、
どのような事業かというと、
子ども虐待防止の象徴である
オレンジリボン。これをたすきに
仕立て、身に着け走ることで、
市民の方々に広く子ども虐待防止を
呼びかけるという全国で行われて
いる事業で、新潟での実行委員会を
私たち、にいがた元気プロジェクトで
担当し、やらせていただいている。

このオレンジリボンたすきリレーが
新潟で初めて開催されたのが四年前。
全国的に広がりを見せていたオレンジ
リボンたすきリレーを新潟でも
開催したい!新潟でやりたいが、
やり方が解らない。という悩みを
持った男性と当会の会長が、
知り合ったことが始まりとなる。

子どもが虐待による死亡事例は
年間50件を超えるそうで、
例えると1週間に1人の子どもが
命を落としていると言われている。
この問題は新潟においても決して
例外ではない。新潟といえば、
アルビレックスを始めとする、
オレンジ色が象徴する町である。
新潟で、全国的に開催されている
このオレンジリボンたすきリレーを
やらない訳にはいかないでしょ!
新潟から児童虐待が無くなると
良いよね。という想いをみんなで
示そうぜ!皆の心を1つにすれば
大きな力になるんだ!。
幸い私たちには事業を行うための
知恵がある。ぜひ一緒にやりましょう!

と始めたのが<オレンジリボンたすき
リレーin新潟の始まりだ。
じぁあ、児童虐待防止推進月間である
11月3日、文化の日に毎年やろう!
新潟を象徴する万代橋、やすらぎ堤で
やろう!アイデアを具現化する力、
行動力、一度話が進むとスピーディー
に進んでいくのが当会の特徴でもあり
強みだ。あれよあれよと、開催が決定し
今年で4年目を迎えることができた。

開催当初は参加者150名ほどであったが、
回を重ねるほどに参加者も増え、昨年は
500名を超える参加者に、お越し頂いた。
わずかずつの広がりかもしれないが、
それでも、皆の心を1つにすれば大きな力に
なっていくということを証明しているのでは
ないだろうか。子ども虐待防止に向けた
の呼びかけと撲滅の呼びかけの輪は
これからも広がっていくであろう。

もちろん、続けていくと心無い批判も
でてくる。こんなイベントは偽善だとか、
走って虐待がなくなるのか?という声は
毎年耳にする。たしかに走ったからとはいえ
児童虐待が無くなる訳ではない。そんなことは
当たり前のことだ。私たちはこの事業に、
少しでも参加頂いたり、何かしらのカタチで
触れることで、児童虐待について考える機会
となればいいなーという、言わば呼びかけ
でしかないのだ。確かに偽善かもしれないが、
何も行動を起こさないより、行動する偽善の
方が素敵やん!とおぢさんは思う。

オレンジリボンたすきリレーin新潟、
児童虐待防止推進月間である11月3日、
文化の日にやすらぎ堤にて行われる訳だが、
今年はありがたいことに、総勢300人を
超える方からの申し込みがあった。
残念ながら、ランナーとしての受付は
閉め切ってしまったが、家族で楽しめる
ブースが盛りだくさんとなっている。
フリーマッケットやキッチンカー。
柿の種を使った唐揚げ「亀揚げ」の販売。
子どもたちでシャボン玉を飛ばそう!
というワークショップイベント。
的当てゲームで景品をもらっちゃおう!
という、的当てゲームブース。
オレンジリボンたすきリレー会場内に
隠された謎を解くことでお宝をゲット!
という謎解きブースなどなど。

今年は特に11月3日といえば、
延期となっていた花火も開催される。
花火を見に行く前に、やすらぎ堤で
行われている、オレンジリボンたすき
リレーに来て遊ぶという休日を
満喫されるというのはいかがであろうか。

ぜひ、このイベントを楽しんでもらい、
そんな中から児童虐待が無くなると
良いよね。と考えるきっかけとなれば
幸いである。

(2022.10.21:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。

第24話:おぢさんはスカっとする話でスカっとしない

小さい頃からアニメやマンガ、特撮が
大好きだった。 だって男の子だもん。

あと、時代劇なども好きで、
子どもの頃から水戸黄門や大岡越前など
よく見ていた。そんな幼小期だったことも
あるが、「勧善懲悪」という考え方が、
男の子の根っこの部分には刷り込まれて
いると思う。

最近、ネット記事やYouTubeの
お勧めなどに「スカッとする話」という
のが良く出てくる。テレビの番組でも
あるみたいだ。しかし、おぢさんは
どうも、あの手の話が好きになれない。
個人的に全然スカッとしない。

2020年10月2日、当時のアメリカ
大統領、ドナルド・トランプ大統領と
メリッサ夫人が新型コロナウイルスの
陽性が公表された日に、アメリカの
出版社メリアム-ウェブスターが、
「シャーデンフロイデ」という単語の
検索数が普段より3万500%増加し、
最も検索された単語の1つになったと
報告したそうだ。シャーデンフロイデとは、
「シャーデン(損害)」と「フロイデ(喜び)」
が組み合わさった言葉で、「他人の不幸から
得る喜び」のことなのだそうだ。

「人の不幸は蜜の味」などという言葉も
あるように認めたくないが、この喜びは
大変なじみのある感情だ。そして、喜びを
味わった後、おぢさんはいつも罪悪感を
感じるのだ。こころの中に陰と陽がある。
例えば、私たちは友人が転ぶと笑う。
しかし、それと同時に助けようと駆け寄り、
無事かどうかを気にかける。人間の感情は
移ろいやすい。それを受け入れることで、
おぢさんは、この罪悪感や恥の意識から
解放されることになるのだ。

ニューポートビーチの地域精神医学の
マガビ博士は、ごく一般的な感情である
ことを強調している。多くの人が、不安、
生い立ち、気質など、様々な要因で、
この感情を抱く。一方で、「自尊心の
低さや自信のなさに苦しむ」人たちが
抱きやすい感情で、羨みや嫉妬から
生じている可能性があるともいうのだ。
中程度のうつの人は、軽いうつの人に比べて、
「フロイデンフロイデ:他人の成功から得る
喜びの感情を体験し辛いらしいのだ。

なるほど。元来、こころの中に16歳の
乙女がいる「メンヘラおぢさん」である
私がこの感情を持つことは、
居たって自然のことらしい。

テレビやネットにあふれているスカっとする話。
そもそも根っこの部分が病んでいるおぢさんには
「え?その程度でスカッとするの?」という
話の落ちが多いこともあるし、仕返しの仕方が
陰険なものが多い気がする。

俺たちは白でも黒でもない。GLAYだ。
善悪という定義には人によって差がある。
とかく、昨今の世の中は白黒をつけたがる
風潮に感じて仕方ない。
多様性が叫ばれている反面、それを認めず
個人の正義感を押し付けてくるという
世知辛いになりつつあるのかもしれない。

相手の価値を貶めることで相対的に
自分を優位に立たせようとする人。
それをアドラー心理学では価値低減傾向と呼ぶ。
いじめや差別もこの価値低減傾向の一種で、
優越コンプレックスの特徴だ。
強い劣等コンプレックスを持っている人が
自分よりも弱い人をターゲットとして苛め、
相対的に自分を上に位置づけようとする。
劣等・優越コンプレックスという自分だけの
方向から、他者への関心と貢献に視点を
切り替えていけば、自分も受け入れられるし、
他人も受け入れることができるという
幸福な状態を生み出すことができるのだ。
人生についての意味づけ。これをアドラー
心理学ではライフ・スタイルと言う。
人生とは自分のためだけに生きるのではない。
他人のために貢献していくということ。
それが巡り巡って自分の幸福につながる。

ニーチェは、このシャーデンフロイデに対して、
興味深く有意義な見解を持っていた。
シャーデンフロイデは、悪人がついぞ当然の報いを
受けたことに対する道徳的に正当な反応なのだと
思いたくなる。しかし、ニーチェは、シャーデン
フロイデは道徳的な正しさや、道徳の高さの証し
ではないと言っている。そのまったく逆で、
それは人の恨みの感情の証しであり、人の弱さや
虚無感の証しなのだそうだ。ニーチェは、欲求不満と
恨みを抱いている人だけが、他人をこき下ろしたり、
他人の失敗に満足を見出すことで、自分を優位な場所に
置こうとするのだといっている。
ニーチェにとって、真に優れた人物とは、
達成や成功を0、100で考えておらず、
他の誰かが敗者になることで、自分が勝者になれる
とは考えない人物なのだを指すらしい。

勧善懲悪とは、善が悪を懲らしめることを意味する。
この正義という定義は人によって差がある。
近い言葉で因果応報というものがある。
因果応報とは、人はよい行いをすればよい報いがあり、
悪い行いをすれば悪い報いがあるということだ。

自分の正義を人に押し付けるのではなく
自分なりの尺度を持って行動していきたいもんだなぁと
おぢさんはいつも思う。

(2022.09.30:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。

第23話:いつからが老人なのか気になるおぢさんは色々と思うところがある

早いもので、もう9月だ。
そう言えば、敬老の日って、いつからか
日にちが変わったよな?と、フッと思い、
気になったので調べてみたところ、
2002年までは毎年9月15日を敬老の
日としていたがハッピーマンデー制度が
導入されたことから、2003年から
9月の第3月曜日が敬老の日となった
そうだ。敬老の日は、「多年にわたり
社会につくしてきた老人を敬愛し、
長寿を祝う」ことを目的としている日
なのだそうだ。
見ず知らずの老人をいきなり愛しむのは
いささか、はばかれるが、まぁ、周りの
年長者に対して感謝の気持ちを持つという
ように理解するのであれば、まさに
素晴らしき「日本のこころ」なのだろう。

そうなると、いつものように、
「めんどくさいおぢさん」は疑問に思う。
いったい、いつからが老人なのであろうか。
60歳の還暦からか?

そういえば、昔話の桃太郎に出てくる
「おじいさん」と「おばあさん」は
人生50年と言われていた時代の話なので
実年齢的には40代ぐらいだったらしく、
川から流れてきた桃を食べてハッスルして
生まれたのが桃太郎という話を
聞いたことがある。

そう考えると、もしかしたら、私みたいな
おぢさんも、すでに老人の部類に入っている
のかもしれない。そう考え調べてみたところ
サントリーウェルネスが2021年12月に
日本人の年齢に対する価値観についての
調査を20~79歳の男女一万人を超える
調査を行った結果、
「おじさん、おばさん」が49.0歳、
「シニア」が61.6歳
「おじいさん、おばあさん」が
69.0歳、
「お年寄り」が73.1歳
という結果が出たそうだ。

チョット待て。「老人は何歳からか」と
調べたいのに、「シニア」とか、
「おじいさん、おばあさん」とか
「お年寄り」とか。年配の方を
細分化された情報が出てきたとて、
「老人って一体いくつなんだよ!」と
イー!となってしまう。
しかも、この情報だと、現在47歳の
おぢさんは実は、まだ「おじさん」では
ないということになる。

さらに調べたところ、NHK放送文化
研究所の視聴者からの疑問で同じような
質問があった。その解説によると、
老人ホームへの入所などの対象が
65歳以上の者としているほか、
老齢基礎年金の支給は65歳と
なっており、放送でも以前は65歳を
「老人」という語を用いる場合の一つの
目安にしていたそうだ。

なるほど。わかりやすい。
ということは、敬老の日は
65歳以上の方に敬意をはらう日
ことなんだなぁ。とスッキリした反面、
その後に続く解説に少しモヤっとする。

『しかし、高齢化社会が進み平均寿命も
グーンとのびた今の時代に、この年齢以上
の人たちを一概に「老人」「お年寄り」と
するには無理があるようです。
65歳以上でも、今や第一線で働いている
人たちが増えていますし、たとえ働いて
いなくても「老人」や「お年寄り」と
言われることを心外に思ったり不快感を
抱いたりする人が大勢います。このため、
「老人」「老女」「おじいさん」「おばあさん」
などという言葉は使い方に注意しています。
例えば、「還暦を迎えた(過ぎた)老人たち」
というような場合には、「還暦を迎えた
(過ぎた)人(方)たち」などと
言いかえられます。』 とのこと。

は?

このようなシッカリとした
エビデンスがあるにも関わらず、
そのような事実を受け入れられない
方々のために、回りくどい表現となり、
私の疑問は中々解決できなかったのか?
事実は事実だろ?と少しイラッとする。
いちいち、こういうことでクレームを
つけてくる方々にはぜひ、老人では
ないので年金は要らないと辞退して
欲しいものである。

ちなみに敬老の日が9月の第3月曜日に
なったことで、本日9月15日は老人の日
となったそうだ。理由は日付を変更する
ことへの反対の声が上ったためだそうで
新たに老人福祉法によって定められたそうだ。
老人の日は老人福祉への理解や関心を高める
ことと社会を生きる人々が協力して助けあい、
老人が自ら生活の向上を務めることを目的と
されているとのこと。
また、9月15日から21日までの1週間は
「老人週間」だそうで、毎年、内閣府には
キャンペーンのページがあり、目標とする
取組などが紹介されているらしい。

もはや私のような学の無い人間には、
さっぱりわからん。
しょせん、世の中は激しく主張したものが
強いということなのだろうか。

そういえば、若いころは、いつからが
おじさんで、いつまでがお兄さん?
みたいな論争もあったが、
まぁ、結婚したらおじさんじゃね?
なんて漠然と思っていた。
例えば、他所の子に、他所ん家のパパが
「お兄さん」なんて言っていたら、
「こいつヤベー奴だ。」と他の親御さんから
後ろ指を指されかねない。
多様性が叫ばれている昨今、表現の使い方に
注意を図るのは理解できる。
今の時代、どこからどこまでっていう
線引き自体がむずかしいのかもしれない。
だが、多様性を叫ぶのであれば、
反対意見があることも認めなければならない。

そんな混沌とした素晴らしい社会を
生き抜くためにも、亀仙人のような
ユーモアをもった老人に私はなりたい。

(2022.09.02:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。

第22話:おぢさんはハッカ油で、ひと夏の経験をする

暑い。まだまだ暑い。
「俺たちの夏は終わらないぜ!」と
キラキラした若者たちであれば
絵になるのだが、50手前の
おぢさんには、かなりキツイ。

先日、100円ショップで
買い物中に、以前から興味の
あったものを見つけた。

「ハッカ油」

メーカーのホームページを
拝見すると、「ハッカ油」は、
「ハッカソウ」というミントを
乾燥させて抽出した植物油のこと。
消臭効果や虫除け効果、リラックス
効果があるとされており、日常生活の
さまざまな場面で活躍。とあり、
まさに「魔法のしずく」なのだそうだ。

価格は100円ショップで500円と、
そこそこ、高額ではあったのだが、
以前から興味のある代物であったため、
迷うことなく購入をした。

一時、YouTuberの方とかが、
湯船にハッカ油を大量に入れて浸かり、
「寒い!寒い!」とかやっている動画を
よく見たりしていた。節電がさけばれて
いる昨今、私も試しにお風呂にハッカ湯を
入れてみようかな。と思い経つ。
しかし、いざお風呂に入れて試してみよう
と思ったが、そもそもの適量が解らない。
それこそ入れすぎて、「寒い!寒い!」と
なってしまったらどうしようかと。
まぁ、それはそれで、ネタになるかなぁ。
とは思ったが、こちとら、根っこが
ビビりのおぢさんだ。すぐさまネットで
調べて見ると、5滴程度が適量とのこと。
とりあえず、最初にハッカ油を5滴振りかけ、
湯船にお湯を溜める。その方が後ほど入れる
よりかき混ぜる等の手間がはぶけると考えた。
湯船にお湯が溜まり、ではお風呂に
入りましょうと扉を開けると、湯気とともに
ハッカの香り押し寄せる。いたるところが
スカスカしている。喉や鼻などのはスースー
するし、なんならば、目も少し染みる。
「これ絶対アカン奴!」とビビりまくり、
しばらく全裸で立ち尽くす。
意を決し、ハッカ湯のお風呂に入浴。

「あれ?全然対したことがない。」

臭いはすごいのだが、気持ちスカスカする
程度。普通に爽快ではあるが涼を求めると
なると話は違う。

一度、大丈夫と思うとおぢさんの
分量の強弱が壊れてしまう。5滴で全然
平気なのであれば、20滴ぐらいを入れて
みよう。何ならば、水を足してぬるくしよう。
私の飽くなき探求心は止まることを知らない。
ほぼ水風呂状態にまで温度を下げ、ハッカ油を
20滴ほど湯船に垂らす。前回は適温だったため
湯気で目がチカチカしたが、
今回は、ほぼ水風呂のために差ほど目もチカチカ
しない。そう思いながら、湯船をカモカモし、
いざ湯船に入浴してみる。

ほぼ水風呂にハッカ油のスカスカ加減が
心地よい。

これは成功したな。と満足をしながら、
湯船に使っていたのだが、すぐさまに
体に異変が起きた。

意としないところで、歯の震えが
止まらなくなったのである。

おかしい。ほぼ水風呂とはいえ、
先ほどまでは適温であったはず。
特段寒さも感じていない。
なのに自然と歯が震えてきている。

ヤバイ。なんか怖い。

急いで湯船を追い炊きする。

湯船は徐々に暖まる。
暖まるのに変な感じがする。
お湯は温かいのに肌はスースーする。
いや、むしろピリピリする。
チョット寒気がする感じ。
感覚的には風邪を引き、高熱を
出した時のような症状に近い。
ひどく不自然で気持ちが悪い感覚だ。

「ヤバい!ヤバい!」
「怖い!怖い!」
「寒い寒い!」

誰に見せるでもなく、一人で
大騒ぎとなる。とりあえず、
風呂から出て、一旦落ち着こう。
状況を変えることで落着きを
取り戻そうとするが、
私は大事なことを忘れていた。

そう。風呂上がりに最大の涼を得るため
クーラーをガンガンにしていたのである。

東北地方の話方は口をあまり開けずに
言葉を短縮する。なぜならば寒さのため
極力口を開けないようにするためなのだと
何かで聞いたことがある。

真偽の程は解らないが、つい先ほどまで
「寒い寒い」と言っていたおぢさんが、
「サムサムサム」となり、ついには
「サササササ」とガチガチ震えている
状況からして、あながち間違いではない
かもしれない説である。

急いで冷房を切り、しばらくすると、
またジンワリと汗ばみ始める。

先ほどまでは「寒い寒い」と震えていた
おぢさんが冷房を切ったら切ったで、
すぐさま「熱い熱い!」とほざいている。
人間とは何と愚かな生き物なのだろうか。
そして人類は何度同じ過ちを
繰り返すのだろうか。

「俺は一人で何をしてるんだろう」と
軽く落ち込み始める。

この時期、夏の疲れ・身体のだるさから
「夏季うつ」になるケースもあるらしい。
夏季うつとは季節性感情障害の一つで、
夏の時期に発生する季節性のうつ病のことだ。

解っている。私の今回のケースは「夏季うつ」
とは全く違うということを。
ある意味、違う病気なのかもしれない
ということを。

良く言えば、おぢさんは、
「感受性が豊かな日本人」なのだ。

「落ち込んだりもしたけど、私は元気です。」

感受性が豊かなおぢさんは、
魔女の宅急便の言葉を胸に
今日という日を元気に過ごしている。

(2022.08.26:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。