第20話:前頭葉の腐ったおぢさんは飴を最後まで舐めることができない

基本、職人のおぢさんなので
ご飯を食べるのが人より早い。

「良く噛んでゆっくり食べること」が
身体に良い効果をもたらすことは知っている。
「良く噛んでゆっくり食べること」は、
体重減少の効果があることや認知症予防に
つながると言われていることも知っている。

知っているうえであえて言う。

私は「口の中に同じものがいつまでも
入っている状態」が非常に苦手なのである。

良く噛むことで、食べ物が口の中で違う物質に
変わっていく過程というか、平たく言うと
「食べ物が口の中でウ○コになる」
ようなイメージが拭えない。
口の中に入れた時の「美味しい」と感じたものを
出来るだけそのまま胃袋に流し込みたいのだ。

少し話が変わるが、私は飴を噛む癖がある。
もうすぐ50歳になるおぢさんだが、
飴を口の中で最後まで舐めた記憶がない。

これも先に述べた「口の中に同じものが
いつまでも入っている状態」が非常に苦手なのも
あるが、飴をなめているうちに鋭利になった
箇所で舌先を傷つけた記憶もあり、飴を食べる時は
口に入れた瞬間に噛み砕いてしまう。

飴を噛む人はストレスを感じているという話を
聞いたことがある。
たしかに、私はストレスを感じている時に
ポテトチップスや柿の種などの歯ごたえの
あるものを好む傾向にある。
その辺のことを詳しく知ろうと
検索をしてみることにする。

「飴を噛む」ことについて色々と
調べてみたが、基本的に強いストレスが
そうさせるとのことだった。

心理学者の内藤誼人氏いわく、
心理学的には噛むという行為は
『不満や怒り、攻撃性の表れ』なのだそうだ。
人と話している時に相手が飴を噛み始めたら、
心理学者は『今、この人には不満なことが
あるのだろうな』と推察するとのことだった。

この一文にすごく違和感がある。
「人と話をしている時に飴を
噛み始めたら~」とあるが、まず、人と話を
している時に飴を舐めているという状態。
飴を舐めながら話せる間柄なら、よほど
親しい間柄でなければまずあり得ない気がする。
それほど親しい間柄であるのならば、
飴を噛む前から、その人が強いストレスを
感じていることは解るであろう。
特に心理学者の前で話をする時に
飴を舐めながら話すという、シチュエーションが、
かなりシュールなのだが、これはカウセリング中に
心理学者から飴を舐めるように勧められる
ということなのだろうか?違ったとしたら、
この人は飴云々以前に、人をなめた
ヤベー奴ということになる。

その他にも調べてみたが、基本的に「個性的」
「飽きっぽい」「ストレスを抱えている」など
マイナスな言葉の羅列。ネット上から様々な
ダメ出しをくらい、最終的には「せっかち」
という烙印を押され、「それは。。。心理分析
なのか?」と一人呟きながら少しヘコんだ。

自分としては、あまり納得のいかない結果だ。
今のところ目に付くものはエビデンスに乏しく、
「飴を噛む奴はこういう人間だ」という
決めつけにしか思えないからだ。

心理学用語のひとつに「バーナム効果」
というものがある。
「バーナム効果」とは、誰にでも当てはまる
性格などの特徴を言われた人が、
自分に当てはまっていると勘違いを
してしまう現象のことで、血液型占いや
朝のテレビで流れている占いランキングなどは
この「バーナム効果」を使ったものが多い。

ようは「あなたって○○だよね?」と
解ったフリをされ「あー、私ってそうなんだ」
と納得させられている感覚。
そんな薄っぺらい感覚が心の中に広がる。

そんな失意の中、ようやく納得のいく
エビデンスが載ったソースを見つける。
「お口の恋人」でお馴染み、ロッテの
「噛むこと研究室」というサイトの
「咀嚼とストレス解消のメカニズム」
という記事によると、噛むことで
偏桃体の活動が低下し、「不快」という
信号が脳に送られにくくなり、血中の
ストレス物質の量が低下するのだそうだ。
また、注意力や集中力をつかさどる前頭葉は、
加齢やストレスにより血流がだんだん低下
していくが、噛むことで刺激が脳の中心
近くにある「海馬」という部分を活性化し、
それが前頭葉にも伝わり、血流量を
増やすというのだ。

私なりに要約すると、結局「飴を噛む」
「硬いものを食べたくなる」という行為は
ストレスもそうだが、前頭葉が腐ったおぢさんには
その傾向が強く出るということなのだろう。

このコラムを書き始めてから
チョクチョクぶち当たる
「前頭葉の腐ったおぢさん」というワード。

私の年齢になると、もはや逃げることの
できないワードなのだろう。
普段の生活から「噛むこと」を意識的に
行うだけでも、ストレス軽減につながり、
脳の血流量が増加して、前頭葉が腐るのも
少し遅くできるようだ。

何かとストレスの多い、この現代社会を
生き抜くためにも、まずは噛むことを意識し、
メジャーリーガーのようにガムをクチャクチャと
食べてやると思うと同時に、固いものばかりでなく
たまには柔らかいものを甘噛みしてやろうかと
前頭葉の腐ったおぢさんは思うのである。

(2022.06.24:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。


第19話:コラムを書いているおぢさんは小説も書いてみようと思う

このコラムを寄稿させていただいているイロドリプラスさんに「にいがたショートストーリープロジェクト」という事業がある。
簡単に説明すると、新潟にまつわる内容で400~2000文字以内の小説を募集し、優秀な作品は書籍になるという内容だ。

このプロジェクトを知った時は、「すげぇ事やっているなー」と完全なる傍観者であったが最近ふと思った。

「あれ?そういえば、2000文字書いているな。コラムで。私」

そうだ。内容の善し悪しは一先ず置いておいて「2000文字の文章を書く」というスキルは持っているようだ。
すぐさま、脳内で自分会議が行われる。

「いやいや、言うても、あなたの書いている物はコラムですやん。小説言うたら創作ですよ?」
「いやいや、あなた新潟劇王出てますやん。シナリオって創作ですよね」
モノの数分で結論が出る。

「小説、書いてみようかしら。私」

そうなると得意の「やりたがりの血」が騒ぐ。
ひとまず、募集要項を確認する。

「条件は一つ。作品に”新潟のエッセンス”を加えること。舞台が新潟。新潟出身の主人公。新潟の名物や名産を盛り込むなど、ちょっとでいいので”新潟のエッセンス”を入れてください」とある。

「ちょっとでいいんかい!」
と軽く突っ込みを入れる。
どの程度の”新潟のエッセンス”を入れるべきか。
その判断で物語のコンセプトが変わる。

どうしたものか。

曖昧なものほど判断が難しい。
なぜなら私は、いい加減なようで細かく、細かいようでいい加減な「面倒臭いおぢさん」なのだ。

ひとまず、参考に過去の作品を拝読させていただく。
物語は多種に富んでおり、恋愛ものや青春もの、普段の何気ない日常などから、SFのような作者が好きなように”にいがた”を綴っている。

なるほど。それでいいのだな。
それこそ正解など無い。
各々が思い描く”にいがた”を綴れば良いのだ。

しかも、このプロジェクト、1人が何作品も応募できるではないか。
非常に気持ちが楽になる。
試しに一つ書いてみよう。

とりあえず、初めて書く小説だし、がっつり”にいがた”を題材にしよう。

頭に浮かぶ新潟の名所、物産。
様々な”にいがた”からチョイスし、とりあえず、細かいことは考えず、ペンを走らせてみる。どのような着地点になるのかは自分でも解らない。

書いてみると2000文字というものはあっという間だ。むしろ、足りない。
決められた文字数の中で自分の思いを伝える。
「ここは説明しないと解りづらい」
「ここは読者にイメージさせたい」
まるで、一丁前の作家さんではないか。
文章を書いては消し、消しては書き。
同じところを行ったり来たりしている。

なんとか自分の中でひとまず出来上がる。
では応募するか?
いや待て。
とりあえずは添削してもらいたい。
そうだ。私の所属するニイガタ工務店には演劇のプロがいるではないか。
演劇のプロは私が傷つかないように忖度しながら、アドバイスをくれる。
さすが、演劇のプロ。
そして、私を扱うプロである。

頂いたアドバイスを参考に自分なりに書きなおす。もはや最初に書き上げたものから半分以上は変わっている。

なんだかんだ、思考を重ね、自分なりに納得のいくものができる。

それにしても、創作のモノを書くというのは面白い。
文章を書くということはコラムと一緒だが、実際のものと創作のものでは、頭の使う部分が、やや違うように感じた。
普段、モノづくりを生業としているが、このように言葉を使ったモノづくりというのも性に合っているのかもしれない。
後は、私の作ったものが、どれだけの人に受け入れてもらえるかということだ。
そこが一番難しい。

「小説書いてみたけど、どう?」
と色々な人から意見を頂戴しようとそれなりに見せてみたが、帰ってくる言葉というと、
「面白い」という言葉よりも
「あなたらしい」という言葉が返ってくる。

所詮、素人が描いた作品。
面白いか面白くないかで聞かれると、「面白い」という程度の作品なのだろう。
しかし、そんな作品でも「自分らしさ」というものが隠しきれずに溢れ出ているということは、自分の中でもそれなりに評価できる。
何であれ、クリエイターと謳っているのであれば自分の世界観が何よりも重要になる。
そんな自分の世界観を出せるように、もう2、3作品書いてみようかなと思う。

ちなみに、「できることなら書籍に乗りたい」と選考委員の方に遠まわし懇願したが、
「審査があるからね」とやんわり断られた。
「さすが、選考委員会はシッカリしているぜ!」
と、にいがたショートストーリープロジェクトの誠実さと不正の無いことを立証しつつ、次回作の構想をするのである。

(2022.06.10:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。


第18話:どうやら、おぢさんは「連想記憶の能力」がフィーバーしているらしい。

先日、何気なく見たテレビCMで
「金田一少年の事件簿」が現在も
ドラマでやっていることを知った。
金田一少年の事件簿といえば、
おぢさんが高校生ぐらいの時に
連載していた漫画で、そのような
コンテンツが復刻しているのだなぁと眉を細める。

「じっちゃんの名にかけて!」
というのが主人公、金田一はじめの
決め台詞なのだが、当時のおぢさんは
お箸が転んでも興奮する世代。
高校生のおぢさんは「じっちゃんのナニかけて」
という部分で、得も言えぬ興奮を
味わっていたのは遠い過去の話だ。

このような因んだ感じというか、
名前というか、最近やたらと思いつく。
例えば、先日おぢさんが所属する
ニイガタ工務店のYouTubeチャンネル
「おぢさんラヂオ」でも語ったのだが、
三遊亭好楽が笑点でピンクの着物を着ている。
「ピンクの着物の好楽さん」と考えた時に、
「ピンクの薬コーラック」を思いつき、
「もしかしたら、あの商品名は、ピンクの
着物の好楽から来ているでは。」と想いを馳せる。
現に「消臭力」という消臭剤のネーミングは
エステーの社長が「長州力」から取ったという
有名なエピソードもあるので、
あながち間違いではないのかもしれない。

このような発想が出てくるのは、おぢさんが若い頃、
ヒップホッパーでガンガンに韻を踏んでいたことが
関係しているかと思っていたのだが、
色々と調べてみると、どうやら違うみたいだ。

中高年男性になると、脳の働きにある
特徴が生まれるそうだ。
1つの記憶から他の記憶を思い出すことを
「連想記憶」というそうなのだが、
この能力は年齢を重ねるほど上昇する。
ある実験だと、連想記憶に関する脳の発達は
30代からあがり、50代でピークを迎えるらしい。
しかも、この連想記憶に関する働きをする脳の
「側頭連合野」という部分は、50代くらいまで
機能が右肩上がりに活発で、頂点を境に急に機能が
低下していくそうである。

つまり、このような発想が次々と思いつくというのは、
私がおぢさんになってから身に付いた能力、ヒロアカ風に
言うと「おぢさんになってから目覚めた個性」であり、
今もっとも脂が乗り切った状態なのだといえる。

しかし、連想記憶の能力が上がっていく一方で、
おぢさんの脳では別のことも起こっている。
感情をコントロールする「前頭葉」。こちらが
加齢と共に萎縮してきているのだ。

脳科学的に説明をするならば、
前頭葉の委縮から始まる「脳の暴走」が
止められないことと、「連想記憶の能力が
上がっている」ため、いわゆる「おやじギャグ」を
まき散らす状態が生まれるそうなのだ。
何かと話題になったおぢさんが独特のテンションで
若い女性に口説き文句をまくしたてる
「おぢさんからのメール」や「おぢさんLINE」も、
側頭連合野の活発さと前頭葉の委縮が原因にするものであろう。

しかし、言いたいことを言えないこんな世の中じゃポイズンだ。

おぢさん人生の名著「嫌われる勇気」の中に
「他者からの評価ばかりを気にしていると、
終的には他者の人生を生きることになります」
という一節がある。人から嫌われることを恐れ、
他人の目を気にしてばかりの人生を歩むのであれば、
たとえ人から嫌われることがあろうとも言いたいことが
言える、そんな俺は俺をだますことなく生きていく
ウォウウォウの方が豊かな人生だと考える。

「言いたいことを言う」とうことと
「ユーモアのセンス」は全く別物だ。
要は、「さむいおやじギャグ」でなく
「面白いオヤジギャグ」が思いつく感性を
磨けば良いのだ。また無駄に消費するのでなく、
見せ方により「高度なおやじギャグ」として
昇華させるテクニックを磨くことも可能なのかもしれない。

テレビCMなどで良く見る「小林製薬」商品は、
いわゆる「おやじギャグ」のような商品名が目につく。
例えば、さかむけを固める「サカムケア」、
内臓脂肪を減少させる「ナイシトール」など、
一度聞けば覚えられるような商品ばかりだ。
このようなユニークなネーミングセンスは、
確かにふざけたネーミングだが秀逸だ。
名前を聞いたら絶対に忘れない。「さかむけを治したい」
「内臓脂肪を落としたい」と思うと、思い浮かぶのは
小林製薬の商品だ。もしかしたら、高度な戦略に基づいた
ネーミングなのかもしれない。

現在、おぢさんは「連想記憶の能力」がフィーバーして
様々な発想が思い浮かぶ反面、前頭葉が腐り、
思ったことを口に出してしまう「暴走モード突入中」という
自分も人も傷つける諸刃の剣状態だ。

しかも、「連想記憶の能力」による閃きは「おぢさん」が
「おぢいさん」になると無くなる能力だ。そうなると
腐った前頭葉により、思ったことを口に出してしまうという、
「ただの老害」だけが残ってしまう。

いくら、おぢさんが「嫌われる勇気」をもっているとて、
決して「嫌われたい」と思っている訳ではない。
今のうちにピークの発想力でユーモアを磨き、
理性が効くうちに嫌われるのではなく、
温かい目で見守ってもらえるような人間性を
磨く活動をしていかなげばならないと
おぢさんはシミジミと思うのだ。

(2022.05.27:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。


第17話:悪ふざけおぢさんたちは懲りもせず今年も新潟劇王に参加をする

今年で二回目となる新潟劇王。
私が所属するユニット「ニイガタ工務店」として昨年に引き続き今年も参加させていただいた。

さて、まずは私なりに演劇というジャンルをどこまでが演劇なのかを考える。
ウィキペディアによると、「演劇とは、観客に対し、俳優が舞台上で身振りや台詞などによって、物語や人物などを形象化し、演じて見せる芸術のこと。
俳優が観客を前にして、舞台上で思想や感情などを表現し伝達しようとする一連の行為であり、それらを鑑賞する目的もある。」とある。
つまり、お客さんに対して日常でない自分を表現するのであれば、演劇というジャンルとして捉えられる。そう考えた。
もしも、「そんなものは演劇じゃない」と否定されたとしても、「それはあなたの感想ですよね?」と西村ひろゆき氏のように跳ね返せる自信もある。

演劇とは芸術。芸術とは自由でなければならないのだ。

さて、第二回目となる新潟劇王。
総勢15団体。昨年の9団体から大幅に増えている。しかも県外勢多数。
周りを見渡すと県内外で活躍する猛者ぞろい。
その中に異色の「悪ふざけおぢさん」がいるという何とも痺れる状況。

出演するメンバーと言えば、昨年から引き続き、「一切セリフはしゃべりません」とか「セリフを覚える気はありますが、たぶん無理ですね」など、「あなたの道楽に付き合ってあげます」という当事者意識の欠けた強者達だ。
しかも食材で例えると、恐ろしいほどクセとエグ味をもつ「珍味」の部類。
この食材の調理方法は限られている。しかし、昨年と同じものを出す訳にはいかない。
では、この状況下で私たちのような演劇の素人が格式のある大会に参加する意義とは何か?

昨年参加をして、私個人としても、団体としても、クリエイター集団「ニイガタ工務店」としても、活動の幅が広がったことは事実である。
始めてのシナリオ、それを演出するという行為。そのような経験が、後にコラムを書くスキルであったり、「おばけ屋敷」や「謎解きゲーム」などのイベントを自ら企画し、行うことができるようになった一つの要因である。
PDCAサイクルとして置き換えるのであれば、
第1回新潟劇王で初めてのシナリオ作成→プラン(計画)
第1回新潟劇王で初めての演劇→DO(実行)
インプットしたものを1年間アウトプット→チェック(評価)
と考えるのであれば、
今年はアクション(改善)
として第二回新潟劇王に参加することはPDCAを完成させるためにも必然なのである。

昨年の戦術として、「同じ土俵で戦わない」というものがあった。
では、今年参加するに意味合いを考えるのであれば、昨年のように違う土俵で戦うのではなく、「素人なりに同じ土俵で戦った場合どうなるのか」という、私たちが、今どのような立ち位置にいるのかという検証を行う必要がある。

そんなことを考えながら、シナリオができる。
なかなかニッチでシュールなものがけたと思いつつ、裏で照明やら音などをするオペレーターが足らないことに気づく。
「やべえな。」そう思いながらも、音の演出を無くし、ライトの演出をON、OFFだけの簡単なものにすれば大丈夫だろう。と演出方法を最大限までそぎ落とし、シンプルなものにする。
ON、OFFだけならば会場の照明さんにお願いできるであろう。

しかし、人生というものは中々うまくは行かない。

本番二日前の舞台リハ。問題は山積みだ。
まず、「音、照明は参加団体の方でお願いします」と断られる。
やべえ、人が足りねぇ。本番まで時間がない。
とりあえず、「ミスター男気」である友人に頼み込む。
「ミスター男気」は「OK、何とかする」と快諾。
さすが。持つべきものは友。

舞台でセリフを読むメンバーの一人は、舞台でボソボソしゃべる。
「もう少し声をはれる?」と指示を出すと、「これ以上は出せねっす」とやけに反抗的だ。
しかも「ここは僕のやりたいようにやらせてもらう感じで良いですかね?」
と、まるでベテラン俳優のような返し。この男の肝っ玉には感心する。
「これ以上声をはると軍隊みたいな話方でしか、しゃべれませんよ?」
と圧を掛けてくるメンバーに対し、「それはあなたのさじ加減ですよね?」と返したいのをグッと飲み込み、「OK。軍隊のような演出で行こう」と指示をする。
これは、JAZZのセッションと一緒だ。「私の書いたシナリオ」という枠組みの中で自由に演じてもらおう。

そんなこんなで本番当日。
抽選の結果私たちがトップバッター。
よっしゃ。会場を暖めるのは俺たちだ!

結果は、ぶっちぎりの最下位。

それはもう、清々しいくらい。
まあ、想定通りだ。演劇のプロ達がひしめく中、同じ土俵で戦えばこうなることは必然である。

しかし、演劇界は優しい。
悪ふざけおぢさん達がワチャワチャやっているものにもキチンと良い部分を見つけていただき、褒めてくれる。
会場でも笑ってくれる方もいたし、SNSで褒めてくださる方もいる。

2年計画であった新潟劇王という私のPDCAは一旦終了となる。
次の計画、実行、評価、改善がどうなるのかは分からないが、これからも面白いことを考えて実行していこうと
悪ふざけおぢさんは思うのである。

ちなみに、当日わざわざ会場で観劇してくださった、
イロドリプラスさんからは「想像の斜め上を行くシュールさに会場内は独特な雰囲気に包まれておりました。」とコメントをいただいた。

観劇に来てくださったことを感謝するとともに良い意味として受け取りたい。

(2022.05.13:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。


第16話:「オムレツ」と「玉子焼き」の違いが何なのか。気になるおぢさんは野暮というものである。

先日、妻が見ていたテレビ番組に何気なく目をやる。
内容は「オムレツ」と「玉子焼き」を何品か作るという番組内容。

MCとして林家三平、ゲストにIKKOとミキティーが出ており、なかなかトリッキーな組み合わせだなぁと、思いながらも、ついつい見入ってしまう。

笑点を降板してから久しぶりに見る林家三平の姿を妻と二人で「元気そうで何より」と安堵する反面、林家三平の風体に少し心配になる。
言葉を選ぶと、笑点の時よりも、ふくよか。
ゲストが美白のIKKOとミキティーということもあるのか、肌がくすんでいる様にも見える。
そのような内容を夫婦の間柄ということもあり、実際にはスラング気味に意見交換を行う。

次に議題にあがった内容は「世間では、なぜ玉子焼きをそんなにも好きなのか?」という内容。
基本的に私は、玉子焼きを「好き」か「嫌い」で問われるのであれば、「どちらでもない」と答えてしまうほど、ニュートラルど真ん中な食べ物だ。なので、ごはん屋さんや居酒屋さんでも、自ら進んで注文をすることは無いし、あれば食べるという程度のものなので、まったくの思い入れが無いのだが、世間では「玉子焼き、甘い派?しょっぱい派?どっち?」と派閥ができるほど、関心のある食べ物だ。

「なぜ、皆そんなに玉子焼き、玉子焼きと言うのかねぇ」という私の質問に対し、
「定番だからじゃねぇの?」と妻の回答。
なるほど、答弁として内容はふわっとしているが納得は出来る。
ソースは無いが、「定番」というエビデンスは取れている。
さすが、作る側の視点。言葉に説得力がある。
そんな質疑応答の後、妻も私も
「玉子焼きはニュートラルな食べ物」という立場を確認し、
「食べるのであれば、おろし大根と醤油は必要」という妻と
「どちらかというと玉子焼き自体には味は要らないが醤油はかけたい」という私との間で合意形成がなされた。

そして本日、私が一番気になっていた話題へと切り込む。
そう、この番組では「オムレツ」と「玉子焼き」を作っており、ずっと気になっていた「オムレツと玉子焼きの
違いとは何か?」という疑問である。

間髪入れずに妻からは、「玉子を巻くか巻かないかじゃねぇの?」という回答が来たが、先ほどの回答とは違い、
今回は腑に落ちない。
何故ならば、今回の回答は妻の想像であり、ソースもエビデンスも無いのだ。

そんな私を「面倒臭い男」と蔑んだ視線で「わからない」という回答とともに、その日の議論は終了する。

そうなると私のモヤモヤが止まらない。
とりあえず、「オムレツと玉子焼きの違い」と検索をする。
すると約20万件もヒットする。
流石はインターネット。私程度の男が考える疑問など、インターネット上にすべて載っているのだ。
とりあえず、YAHOO!知恵袋に目をやる。
ベストアンサーを要約すると、「調理法が違う。」「洋風と和風」「玉子焼きは巻く、オムレツは包む」
ということという内容に「なるほど!」と納得する反面、自分の言葉に対する読解力の無さに少し落ち込む。

そう、私は「玉子焼き」という言葉を安直に受け取り、「玉子を焼いたものが玉子焼き」という額面通りにしか言葉を受け取ることができなかったのである。

野球で例えるならば、「セリーグ」と「パリーグ」の違いを聞くのではなく、「ベースボール」と「野球」の違いを訪ねるという野暮なことをしていたのである。

振り返ると、年々歳を重ねる毎に自分に対して「野暮だなぁ」と感じることが多々ある。
そんな、小さな野暮の積み重なりが「面倒臭おぢさん」として私が女性から「モテない」理由なのではないか。
もっと考え方をやわらかく、多様性を持ち、思ったことを一旦自分の中で消化する。
それが「粋なモテおぢさん」としての第一歩となる鍵なのではないか。

そんな一途の光を見出し
「粋なモテおぢさん」を目指す第一歩として、
「出し巻き玉子も玉子焼きでしょ?」
という自分本位な考え方に蓋をすることにした。

そして、更なる心の奥から湧き出る野暮な疑問。
「玉子と卵の違い」に対し、誰にも尋ねることなく独り静かに検索をするのである。

ちなみに「玉子と卵の違い」とは、ソース元として、ウーマンエキサイトのE・レシピ【「卵」と「玉子」の違いあなたは分かる?疑問を解決して正しく使おう!】の記事によると、生の状態が「卵」、調理後が「玉子」として使い分けられているとのこと。

なるほど。そうするとネット記事の中でも、「玉子と卵」が使い分けていないものが散見するなぁ。
と気になりムズムズする。

野暮な「面倒臭おぢさん」が「粋なモテおぢさん」になる道は果てしなく遠い。

(2022.04.22:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。


第15話:おぢさんは「おじさんブーム」という幻想に惑わされないようにしようと思う

「おじさんがブームらしい」そんな噂を小耳に挟んだ。

こっちとら、昨日今日おぢさんになった訳ではない。
求人情報を見ても年齢で募集要項から外れる。
それくらい、ベテランのおぢさん。
「おぢさんのスペシャリスト」なのだ。
そんなおぢさんには全くと言っていいほど、ブームの恩恵に与った記憶がない。

新潟という地域がら、東京から1~2年遅れてブームがやってくると思われるが、そのせいか?
とりあえず、ソースとなる情報を探す。
すると結構出てくる。

目についたものだと2020年のマイナビニュース。
「空前のおじさんブーム! みんなが魅力的だと感じる「おじさん」像とは?」というもの。
この記事では、【最近のマンガ・アニメ・ドラマなどで、“魅力的なおじさんキャラ”が増えていると思いますか?】
というアンケート調査の結果、男性の48.9%、女性の75.6%が「とても増えた」「増えた」と
回答したそうだ。記事では、「女性の方が男性よりも20ポイント以上多く、男性目線では気付かれない
魅力あるおじさんキャラが登場するコンテンツに、女性たちが注目していることがわかった」とある。

ん?そうなのか?私の読解力が乏しいだけなのか?
女性が好むコンテンツ内のおぢさんが「良い味を出している」というだけの話にしか思えない。

また、この記事では女性に「現実のおじさんに何を求めるか」を尋ねたところ、
1位は「優しい・包容力がある」
2位は「家族や恋人を大切にしている」
3位は「仕事がデキる」
であったそうで、「理想のパートナー像」を投影しているかのような結果になった。
と記事では書いてある。

これは。。。おぢさん関係なくねぇか?
と思ってしまったのは私だけであろうか。

その他にも、外見については、“魅力的なおじさんキャラ”について聞かれた時には「おじさん独特の渋さ・哀愁」が重視されていたが、現実となると男女ともに「若々しいかっこよさ・清潔感」の方が上位であり、特に「無理な若作りではない、年相応の清潔感」を求める声が多かった。と記事では結んでいる。

さっぱり、意味が分からない。
若々しいかっこよさを求めながら、無理な若作りは求めないなど、意味が分からず混乱する。

私なりにこの記事を要約するならば、「無害でソコソコ使えて、それでいて、多少カッコイイおぢさんだったら、そばに居ても問題ない」ということにしか思えない。

なぜ、これで「空前のおじさんブーム」といえるのであろうか?
そもそもブームという言葉を調べると、「にわかに人気を呼んで、一時的に非常な勢いで流行すること。または、特定の人が熱狂的にもてはやされること。また、その期間」ということだ。

つまり、おぢさんというだけで「キャーキャー」いわれて、「ウハウハ」になることが「おぢさんブーム」なのではないか?
これでは、「多様化するコンテンツの一つとしておぢさんっていうジャンルがあっても別に構わないよね」ということではないか?

「違うわい!こんなもの、おぢさんブームじゃないやい!」
と折れかける心を
「いやいや一つの記事だけで決めるのは、まだまだ早い!探せばあるはずだ!見つけるんだ!本当のおぢさんブーム!」
と、わずかな望みにしがみつく。

すると、FNNプライムオンラインの記事にて
【つ・い・に!「シン・おじさんブーム」到来!?…若い女性に人気の“かわいいおじさん”を徹底調査】
という「めざましテレビ」で放送された内容の記事を発見。
2022年1月とソースとしても新しい。

中身は【錦鯉がM-1グランプリで優勝、紅白歌合戦で松平建さんがマツケンサンバⅡを披露するなど、いま「おじさんブーム」は、ますます加速していて「シン・おじさんブーム」に突入している。】
と出だしから香ばしい内容。

ちょっと待て。錦鯉が優勝したのは、あくまで「面白かったから」であって「おじさんだったから」ではないし、マツケンサンバも「おじさんだったから」紅白に出られた訳ではない。

ヤバい。読み進めるのが怖い。
読み進めると、かわいいおじさんを探せ!
的な内容になっていく。

私なりにこちらの記事も要約してみると、職を失い、再就職先の慣れない仕事をミスするおじさんを「かわいい」という言葉で軽蔑する若い子という、涙無くしては読めない内容。

その後も、「老眼のイケメンおじさんがかわいい」とか「一生懸命しゃべる先生がかわいい」だの、おじさん全体の話でなく、あくまで個々のおじさんが個性的であるという内容に、そっと記事を閉じた。

そう、悪いのは全部私。
「おじさんブーム」という言葉に淡い期待を抱き、おじさん好きの女性がワンサカでウハウハという妄想を抱いた私がいけないのだ。

ブームとは一過性のもの。
ブームではなく、私個人が多くの方から「認められるおぢさん」として決してウカれず、ましてや変な気を起こさないよう、足元を見ることが大切であるということを学んだ反面、なんでもいいから「バズりたい」というダークサイドのおぢさんを、どのように封印するか頭を悩ませている。

(2022.04.15:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。


学生連携:地域活動インプット編

若者×地域人 ~新潟へのオモイを話そう~

「地域に目を向け、主体的に地域活動を実践するためには?」
新潟への想いをもって地域に関わる活動をされている方々をゲストスピーカーとしてお招きします。若者がその想いや取り組みを直接聞き、意見交流を図ることで、今後活動していくための繋がりや学びを得る大切な機会としていきます。


~新潟に新しい風を。常に開かれた空間でありたい~
◆シネ・ウインド支配人(有限会社新潟市民映画館 代表)
 井上経久氏

~社会・地域・誰かの為にフル活用できる場を作る~
◆#きーぼうdo.
 近藤希以子氏

~公民館を地域のコミュニティづくりの拠点にする~
◆公民館事業企画委員
 田中遥香氏

~新潟の魅力発信プロジェクト。共感から共創を目指す~
◆新潟イロドリプラス代表(合同会社ハルイロ 代表執行役社長)
 野崎達也氏

地域活動を行う4人のゲストスピーカーから、新潟への想いや取り組み事例を聞き、その後、ゲストスピーカー×学生で意見交換を行いました。
学生たちのこれまでの取り組みや、これからやってみたいこと。ゲストスピーカーたちに聞きたいこと。最後には、自分たちのこれからのの目標・意気込みをホワイトボードに記載し、一人一人がその想いを発表しました。

本日はインプット編ということで、自分たちの考えを整理する時間でもありました。次回以降、行動にうつすアクティブ編として、楽しみながら、巻き込みながら、活動していってほしいと思います。本会に参加された皆さま方、おつかれさまでした。

第14話:アドバイスおぢさんは嫌われがちな件

4月1日、19歳になる長女が
「この度、晴れて成人しました」
と妻に挨拶していた。

まぁ、思春期の父と娘なので
「俺には?」というお約束の嫌われるワードを
言いたい気持ちは一旦飲み込む。

その娘の言葉に「はぁ?何で?」妻。
「いやいやいや。。。」と
そこは黙ってはいられない私。
「4月から成人年齢が18歳に引き下げられましたので。だからですよ」と説明する。
しかし、妻の頭の中にある「?」は消えないようだ。
「なんで?誕生日に成人するんじゃないの?」
「これから4月1日が成人の日なの?」と聞き返す。
さすが、わが妻。
私の想定斜め上の返しをしてくる。

そこに痺れる。憧れる。

「これから、18歳になる人は誕生日で成人ですけど、すでに18歳を超えている人たちは4月1日からということですよ」と説明するも、
「は?なんで?」「誕生日が来てからでしょ?」
と理解していただけない。
しまいには、
「私たちの時代には、そんなのなかったよね?」と、私には想像もつかない返しをしてくる。
それに対して
「でしょうね。。。」としか返すことができない私。

私は、なんと貧相なボキャブラリーしかないのか。
曲りなりにも、クリエイターの端くれとして活動している自分の未熟さを恥じる。

私のファシリテーター能力が未熟なこともあり、もしかすると「サザエさん」の様に些細な日常を笑いに変えることができたのかも知れない出来事を自分の能力の低さゆえに失ったのだ。
この失敗を繰り返さないためにも、客観的に話がかみ合わなかった原因を探ってみる。

今回の大きな原因となったものは「知識量に差」と「共通認識のズレ」による
「漠然とした話の内容」が原因であったと考えられる。

この原因を解決するためには何をすればよかったのか。
まずは「相手がどこまで理解しているか」
「どこから認識がズレているか」
と、相手の理解度を確認しながら話を進めることが大切であった。

以上の反省点をふまえ、自分の頭の中のことを、相手が理解しやすいよう整理し、分かりやすい言葉で伝えることで、今回のような会話のズレを減少することができると考えられる。

そのためにも、自分のファシリテーター能力を上げ、自分の「論理的思考(ロジカルシンキング)」を磨いていかなければならない。

論理的思考は、いわば「複雑なものをシンプルにしていく思考法」だ。
正しい論理構造の組み立て方や、因果関係の捉え方を身に着け、相手が理解しやすくなり、納得性のある伝え方もできるので今回のような会話のズレは減少していくであろう。

ビジネスの世界ならば。。。

今回の会話の相手はクライアントでなく、奥様なのだ。

私はディペートや会議などで異なる議論をぶつけ合うのは好きだ。
そうすることで私と違う考え方も
「ああ、なるほどね。」と
一定の理解をし、相手との合意形成を図ることができるのだ。

しかし、奥様はそんな論理的思考を嫌う。
どちらかというと、感情的思考(エモーショナル)な考え方をもった方なのだ。

論理よりも感情にウエイトを置き、自分が今何を感じているのか、どういった感覚なのか、その感情をどう表現するのか。という部分が妻の思考である。
そんな奥様に「あなたは話をどこまで理解しているか」
などと聞こうなら「馬鹿にしているのか」と激高し、議論にすらならなくなる。
しかし、クリエイターやアーティストといった人たちにとっては、論理よりも
感情にウェイトを置く「感情的思考」の方が多い。
自分が何を感じているのか、どのような感覚なのか、その感情をどう表現するのかといった部分が作品を作るには重要になる。

もしかしたら、私より妻の方がクリエイターに向いているのかもしれない。

感情は一人ひとり異なっている。
喜怒哀楽といった感情は言葉として表現すれば同じだが、一人ひとりが、そこから感じることは、まったく異なるのである。
感情的思考で物事を考える妻は、自分だけの唯一無二の考え方をする。
芸術やアートといった領域においては絶大な力を発揮する。
そう考えると、妻の方が確実に「エモい」のだ。

そこにシビれる!あこがれるゥ!

私も元々は感情的思考な人間であったが、色々な知識と経験により、論理的思考へと矯正されてきた。
論理的思考と感情的思考。違いは明確だが、どちらも人生においては必要な思考だ。
論理的思考だけができればいいわけではなく、感情的思考に偏っていてもいけない。
人生において、論理的思考と感情的思考をうまくミックスさせ、場面によって
使い分けるのがもっともベストだといえるだろう。

そう思い、妻に私の論理的思考を植え付けようとして、かれこれ20年以上が経つ。
おかげで「アドバイスおぢさん」と妻から忌み嫌われるようになりつつあるが、一つの社会実験として今後も継続していければと思う。

(2022.04.08:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。


第13話:おぢさんのやる気スイッチはどこにあるのか隅なく探してほしい

やる気スイッチ、君のはどこにあるんだろう。
見つけてあげるよ。君だけのやる気スイッチ。
誰もが耳にしたことがあるであろう、とある個別学習指導塾のCMに流れる歌詞だ。

あの個別学習指導塾がどのようにやる気スイッチを見つけてくれるのかは分からないが、一応こちとら、人生経験の豊富なおぢさん。
「やる気の出し方」なら知っている。

真面目な話をするのであれば、脳の快感と行動を司る部分である「線条体」を活性化させることがやる気を出すことにつながるといわれている。
線条体とは、快感を司る領域で大脳の主要な構成要素のひとつで、この線条体を活性化させることが、いわゆる「やる気の出し方」につながる。
では、どのようにして線条体を活性化させ、やる気を出すのかというと、

・考えるよりも先に動き出す「行動力」
・行動をおこした結果、達成感をイメージする「想像力」

この2つの「力」が混じり合うことが重要なポイントになってくる。

では、どのように行動すればよいのか。
最初の取っ掛かりとなる、何でもいいから「とりあえずやる」というアクションを起こすことなのだ。
だが、「それができるなら、最初っからやっているわ」と思われる方が多数派ではないだろうか。
まずは、最初のアクションを起こす為の抵抗感を取り払うことが大事になってくる。
取っ掛かりのハードルを思っている以上に低く設定することがミソなのだ。

例えば、「掃除をしなければならないが、全然やる気が起きない」という時は手の届く範囲だけやってみるとか、身の回りだけをコロコロをするなど、自分の一番近くの整理整頓を5分間だけで良いからやってみる。
「運動をしなければならないが、全くやる気が起きない。」という時はとりあえず身支度だけでもやってみる。
一度行動を起こしてしまうと「行動力」にエンジンがかかり始める。
やり進めるうちに「めんどくせえ」という心理的な負担が軽くなり、行動をやり遂げた後のビジョンが明確になるという「想像力」が発揮される。
すると、やる気の基となるドーパミンというホルモンがドパドパ脳内に分泌され、積極的に物事に取り組もうとする意欲が湧くというのだ。
ドーパミンがドパドパ出ることで、達成感というある種の快感を得ることとなり、脳は快楽に溺れ、「あと、もう少しだけやってみよう」と徐々にやる気が出てくるという寸法だ。
行動を起こすためのきっかけは何でも良い。
例で挙げた様に、とりあえず、チョコっと初めて見るというやり方でも良いし、音楽を聴いたり、動画を見るなどをして自分の気持を高めるのも良いだろう。
とにかく何でもいいから、まずは行動を起こすということが大事なのだ。

とまぁ、基本的な「やる気の出し方」はそんな感じだ。たぶん「やる気スイッチ」の正体もそんな感じなのだと思う。
そうなってくると、この私こと「面倒くさおぢさん」には疑問がでてくる。
あの個別学習指導塾のCMで記されている「やる気スイッチ」の形状はスイッチがON、OFFの形とは
違うのではないだろうか。
やる気とはいわば車のエンジンの様なものだ。
エンジンをかけ、暖気運転の後、全力で突っ走る。
「スイッチ」として例えるのであれば「ピタゴラスイッチ」の様に色々な過程を得て、最終的に「スイッチが入っていた」という形のスイッチが正しいのではないだろうか。

それとも、あの個別学習指導塾の「やる気スイッチ」はCMの通りON、OFFがハッキリとした、まるでブレーカーの様に「パツン!」とスイッチを入れてくれるのだろうか。
もし、そんなスイッチがあるのであれば、もうすぐ50歳になろうとしているおぢさんの「やる気スイッチ」も見つけていただきたいと切に願う。

ちなみに、前半で基本的な「やる気の出し方」を、もっともらしく紹介しているおぢさんは、普段、どのようなやり方で自分の「やる気スイッチ」を押しているのか。

それは「ギリギリまでやらない」ということだ。

もはや、やる気があるとか、やる気がないとか言っている場合じゃあない。やらなければいけない。
いや、やるしかない状況に自分を追い込むのだ。
人間、追い込まれると必要以上の力を発揮する。
そんな「火事場のクソ力」を発揮することにより、今まで1000万パワーの悪魔超人にも打ち勝つことができたのだ。そして得る「友情パワー」。

違う違う。そうじゃ、そうじゃなぁい。

今まで書き上げた説明は何だったのかと思える謎な行動と全くかみ合わない知識。
おぢさんは、そんなギリギリまで自分を追い込まないと出ない「やる気スイッチ」から卒業したいのだ。

やる気スイッチ、君のはどこにあるんだろう。
見つけてあげるよ。君だけのやる気スイッチ。

おぢさんは、もうすぐ50歳になるというのに、いまだに探している。あのブレーカーのようなON、OFFがはっきりとした「おぢさんだけのやる気スイッチ」。
向かいのホーム、路地裏の窓、そんなとこにあるはずもないのに。

(2022.04.01:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。


第12話:新潟に住まうおぢさんがラジオ番組を持つことになった

ひょんなことから、ラジオ番組を持つことになった。
きっかけはこうである。

私は以前、亀田商工会議所青年部(亀田YEG)に在籍していた。
どのような団体かというと、商工会議所会員の若い人たちが地域のイベントやら、なんやらを盛り上げていこうぜ!とまぁ、ざっくり過ぎて関係筋の方に怒られそうだが、簡単に説明させていただくとそんな感じである。

で、亀田YEGでは毎週月曜日の午前11:15からFMにいつさんにて亀田YEGのメンバーが週替わりで
自己紹介やら、メンバーが、どのような仕事をしているやら、亀田YEGの事業内容を紹介するといったラジオ番組を持っていたのだが、そのラジオ番組がこの3月で終了するのだという。

「へぇー。なんか、もったいないねぇ」

そんな会話が発端だった。

「ちなみにあの番組の予算っていくらだったの?」
何気なく聞いた質問に対して、これこれ、これぐらいです。
と価格の返答を聞いた時に思わず、のけぞった。

「安っす!マジか?」

ラジオ番組と言えば数十万円するイメージ。
大手の企業さんでなければ、とても番組を持つことなど叶わない。
私のような零細も零細、「TOP OF THE 零細企業」の経営者からしてみれば、ラジオ番組を持つなど夢のまた夢。
それが月々のお小遣いぐらいの価格で番組を持つことができるというのだ。
そうなると、おぢさんの悪癖である「やりたがり」が止まらない。

「やるやる!俺がやる!」

後先考えず、得意である「その場の勢い」だけで、つい口走る。

こうなってしまうと、もはや自分で自分のことを止めることができない。
どんなにやらない理由を自分の中で並べて見ても、溢れるパッションが止まらないのである。

しかし待て。いくら自分の中で盛り上がっても先方あっての話。
「あぁ、その枠はもう決まっていますので大丈夫です。」
なんて言われようものなら、かっこ悪すぎて泣いてしまう。

「もしだったら、話くらい聞いてあげても良いんだからね」

溢れ出るパッションをしまい込み、冷静を装いながら、ツンデレ気味に、それとなく提案する。

すると、先方からは是非にと、ご連絡をいただき、すぐにでも打ち合わせをしたいとのこと。

「いやぁ、私、本業は看板屋さんなんですけど、「可能性創造研究所」という心理学の知識を基にコーチングや
企業セミナーなどもやっていまして。今後、そちらの方も力を入れていこうと考えている時に、このような話を聞いたものですから」

「ラジオ番組を持っていますって言いたい」
という小学生のような欲望から始まったものが、後付けではあるが、何ともそれらしい理由と思いを語る。

先方も親身に耳を傾けてくださり、トントン拍子に話は進む。
出演も基本はスタジオに伺っての出演なのだが、難しい時は電話での出演や録音なども可能だという。しかも音源はもらうことができ、こちらでYouTubeなどに上げても良いとのこと。
これはもう、完全にやるしかない。やらない訳がない。

打ち合わせの前に自分でも、それとなく調べてみると、亀田YEGが持っていた番組の放送枠が「トーク10分+リクエスト曲」というような内容で、プランを上げると30分番組を持てる。
しかも、これまた、お値段もリーズナブル。
ヤバい。むしろ30分番組やるか?私。

もはや、ノリノリを通り越して大暴走をしている。
先方にも、それとなく伝えたところ、できれば亀田YEGの後に入っていただけるとありがたいとのこと。

ですよね。新たな枠じゃなくて空いた枠を埋めたいですよね。
ふと我に返る。あぶない。話す内容もまだ決めていないのに30分も何を話すつもりだったのか。

「それでは、どのような内容の番組にして行くのか概要を決めて行きたいのですが」

先方はそれを一番話したかったのだろう。それもそうだ。
打ち合わせといいながら、どこの誰かも解らないおぢさんがベラベラと講釈を垂れている。
そんなおぢさんが、公共の電波で何を話すのか分からないなどという状態は恐怖以外の何物でもない。

しかし私は、自分の番組をどのようなものにするかは自分で決めたい我儘なおぢさん。
「あ、概要は私の方で作成して後日送らせていただきます。」
「それでは、番組名と番組内容を後ほどよろしくお願いします。」
と結局、おぢさんがベラベラと夢を語っただけという非常にカオスな打ち合わせを終了する。

後日送った内容として番組名は「可創研の男」。
番組概要は、「可能性創造研究所所長、上野が日常使える心理学の話をメインに地域のイベントや情報、時には雑談を踏まえながら、今日を生きる人に有益な半歩先の情報を伝える事を目指す」という、結局何をしゃべんねん。という内容だ。

昼下がりの真面目でオシャレな番組として、番組がどのように成長していくのか。
非常に楽しみな反面、私の「悪ふざけおぢさん」がどこまで封印できるのかという成長過程を放送する番組にならないよう心掛けたいものである。

(2022.03.25:コラム/上野龍一)


【 上野龍一 】
~プロフィール~

1975年4月28日生まれ
新潟県新潟市出身
「有限会社看板の上野」代表

経営者として人生経験を積む傍ら心理学、コーチング、エゴグラム心理分析などを研究。
自らを実験台に実績を繰り返して企業や学生への講師やコーチング、セミナーなどを開催する「可能性創造研究所」を設立。

また、地域イベントの企画、運営をするユニット「ニイガタ工務店」としても活動中。

「働くということは社会に貢献すること」を信条とし、様々な地域活動や企画運営を行っている。